二人の父親
山頂に到着してからと言うものの、驚きの連続だったツクヨがここに来て救出しようとしているミネに何度も驚かされる事になるとは、ツクヨ自身全くもって予想もしていなかった事だろう。
自分の持つ刀の能力を少しずつ理解していたツクヨの前に、突然姿を消したミネが戻って来る。戦闘に集中していた事もあり、強い魔力や殺気などを持たないミネの接近に気が付かなかったツクヨは、彼を再び見つけこちらの存在にも気が付いているのを見て、驚きを隠せなかった。
「ミネさん!?あれ・・・?でもさっき見失って気配も感じなくなった筈・・・」
困惑するツクヨにミネは、ライノの時と同じように時間がないのだと説明を省き、現状の説明と直ぐにライノというギルドの隊長とカガリと合流して欲しいとツクヨに告げる。
「下へ?いや、でもこの風が強くて身体が浮いていっちゃうんだ。とてもじゃないけど私の力では何とも・・・」
「それに関しては心配ない。俺が下へ運んでやる」
「え・・・ミネさんが?」
然も自身ありげにそう答えるミネを、足元から頭のてっぺんまでもう一度マジマジと見つめるツクヨ。そもそもミネは戦闘が行えない人だと聞いている。実際、彼の気配を調べてみてもシンやミアのように戦う者達との魔力の強さは比べるまでもない。
そんな人物が大人一人を連れて、前線で戦うような者が全力で挑んでも押し返されてしまう風の中を進むと言い出した事に、ツクヨは俄には信じられないといった表情で彼を見つめる。
「真実を話したお前になら話してもいいか・・・。どうやら今の俺に“実体”は無いらしい」
「実体?つまり身体がない・・・と?」
ツクヨの問いに黙って頷くミネ。そして言葉だけではイマイチ理解に欠けるツクヨの前で、ミネは驚きの行動を見せた。突如ツクヨに背中を見せて数歩分離れたミネは、まるで身体が足元から溶けていくように、ゆっくりと足場と一体化していく様子をツクヨの前で披露したのだ。
「なッ・・・!?身体が岩の中に・・・」
「見ての通りだ。今の俺に肉体は無い・・・恐らく山の神に喰われた時点で、その役割を終えたと判断され消されたのだろう」
「じゃぁ今に貴方は・・・?」
無言のまま足場の岩に溶け込むように消えていったミネは、今度はツクヨの後ろから現れ自分が普通の人間として存在出来ていない事を証明して見せる。
「肉体という入れ物を失った、魂だけの存在・・・。そしてそれも、この中だけの限られた存在に過ぎない。一度山の神の体内から抜け出せば、今の俺の魂を現世に保っている精気が失われ、本当の意味で死を迎える事になる・・・」
「ッ!?」
命懸けで救出に来たツクヨだったが、神饌の儀式が行われた時点でミネの死は確定してしまっていたようだ。だが彼やライノがここまでやって来たのは、ミネにとってこれ以上ない程に希望となっていた。
「だがこの身体になって良かった事もある」
「良かった事?」
「元々山のヌシとしての力が目覚めた時から、回帰の山に限り俺は今の移動に似た力を得ていた。森の中を転移できる力だ。だが私利私欲でその力を使うことは出来ず、山のヌシとしてに役割を行う行動に限り行える能力だった。それが今は使いたい放題だ。勿論、この中でだけだろうがな・・・」
ミネはその移動能力を使い、ツクヨ達を一気に山の神の口、即ち大穴の入り口まで連れて行こうと考えていたようだ。確かに彼のその能力であれば、大穴の奥へと吸い寄せられる風を諸共せず、出口である最下層まで向かう事ができるかも知れない。
しかし、どう足掻いたところでミネは決して助かることはないだろう。或いは山の神の体内に光脈の精気がある内は、ここで留まる事も可能なのかも知れないが、中を見る限り永遠に近いと思える程の時間と孤独に際悩まされる事になる。
精気が消化されるまで山の神の体内で存在し続けるよりも、死を受け入れる方が遥かに幸せな事だろう。
「ミネさん・・・」
「だがお前達がここへやって来てくれた事が、俺にとって何よりも嬉しい誤算だった。危惧していたように、やはりカガリも山の神に喰われてしまっている。俺一人ではどうしようもなかったが、お前とライノがいれば或いは・・・」
ミネ自身が外に戻ることは出来ないが、それでも彼の希望であるカガリだけはどうにか救えるかも知れない。我が子を思う父親としての覚悟を目の当たりにし、ツクヨも覚悟を決めた。
「分かりました。必ずやカガリ君を救出してみせます。だから安心して、貴方は自分のことに集中して下さい」
「ツクヨ・・・すまない、恩に着るよ。最期に何故俺にここまで良くしてくれるのか、その理由を聞いてもいいか?」
ツクヨの力強い協力と励まされる激励を受け取ったミネは、何故自分の身を危険に晒してまで、見ず知らずの他人である自分に力を貸してくれるのかと問う。
「私にも妻と娘がいます。ですがとある悪夢を見た後、二人は行方不明になってしまいました。何処に居るのかも無事であるのかも、何一つ情報はありません。それでも私は二人にもう一度会えると信じています。だから私にも、我が子を思うミネさんの気持ちが分かります。自らの命を犠牲にしてでも、何としてでも我が子を救いたいという気持ちが・・・。本当ならミネさんの命も救いたかったですが」
「大丈夫だ、あの子は一人じゃない」
ツクヨの語りに嬉しそうな表情を浮かべるミネ。ツクヨの事情を聞いて、より強い信頼を寄せた二人は決意を胸に、ライノとカガリのいる場所へと向かう。




