海の強者、兵を率いる
シュユーの口にした“布都御魂剣”という名は、日本神話に登場する神剣の内の一つで、荒ぶる神々を鎮める力を持ち、毒気や呪い、悪なるモノを祓い、肉体を活性化させる力があるとされている代物だ。
剣について、神話についてあまり興味の無かったミアには、それがどれだけの物か分からなかったが、名前や逸話を知っていたシンとツクヨは、まさかそんな大層な物が報酬として出されるとは思わず、子供のように目を輝かせた。
「なッ・・・これがレースの戦利品!?まさか優勝でもしたんですか!?」
「いえ、残念ながら・・・。ですが、こんなにお喜びいただけるとは・・・」
二人はシュユーの興味なさそうな表情を見るや否や、これがどんな物であるか知らないのかと、熱く語り始める。だが、興味のない人間に興味のない話をしても反応が薄く、やや煙たがっている様にも見える。
「それで?レースについてや何か変わった事についての話はどうだ?何か気になることがあれば教えて欲しい」
一人だけ冷静だったミアが自分達の当所の目的について、全く関係のない事に熱を上げる二人に代わりにグレイスとシュユー、そしてフーファンに問う。そしてあわよくば少数で参加しようとしている人物でもいれば、紹介してもらいツバキとの義理を果たせないだろうかという目論見もあった。
「レースについてかい?そうだねぇ・・・基本的なことが知りたいんじゃないんだろ?」
「あぁ、もうちょっと深いところについて教えてもらえれば助かるんだが・・・」
「さっきも話した通りこのレースはただのレースじゃなく、その剣みたいに珍しい物が道中の島々にあったり、それ目当てだけに参加する者もいるくらいさ。勿論順位による賞金や賞品、有権者達からの仕事の斡旋など目的は様々だねぇ。名を上げるのにも持って来いの催し物で、各所のスポンサーやクラスギルドとか、優勝チームや上位に入る様な者達の戦いを観て志願してくる奴を集める、人員目当の組織もいる」
つまりレースで必ずしも目立つ必要はなく、要は観戦者側の目に止まる様な働きをすれば十分という場合もある。寧ろ特定の人材や人物を探すのは観戦者側の者達の方が多い。
ミアの頭に過ぎったのは、シンと共に初めての異変に挑んだメアの話だった。彼はシンやミアが異変に関わりのある人物として有力な“黒いコート”を着た正体不明の者達と接触しており、能力を異常なまでに引き上げられたり、通常では有り得ない様な“特殊な力”を与えられたりなどされたと言っていた。
だが、異変を振り撒く者もいれば、助力をする者も存在する様で、絶望していたメアを救おうと動いていた“黒いコート”の男もいた。そしてどちらかといえば前者の方が行動を起こし、後者の方がそれを阻止しようとしているようにも感じる。
そして行動を起こしている者達の目的が、どうやら人探しのようだとメアが言っていたのを思い出し、グラン・ヴァーグで行われるこのレースは正に、人探しには持って来いのイベントではないだろうか。
危険は犯せないが、奴らが観戦に来る可能性があるなら、レースが終了するまでこの町で監視するのが良いだろうと考えたミアは、誰か他にその人物達と接触できる者がいるのではないかと思っている。
「彼らのボスのように、誰かに命を狙われる者だっている。特に賞金稼ぎ共はレースなんかよりも賞金首目当てで戦いを挑んでくる輩が多い。何にしろ危険なレースであることに変わりはない。十分な戦力や軍勢がいないのであれば参加は控えた方が身の為だろう。それに・・・」
「・・・それに?」
何かを含んだ様子で勿体ぶるグレイス。参加自由の無法レースであることから、命の危険があることは十分想像できていた。それに知っている限りの参加者だけでも、海賊やギャングなど穏やかではない者達ばかりなのだから当然と言えば当然だろう。
「大体の大所帯組は、スタート直後から頭数減らしを仕掛けてくる連中も多い。“エイヴリー”んとこが特にやってる事さ。アイツのところは良い駒も揃ってるし、何よりアイツ自身が厄介極まりないからね・・・」
「エイヴリー・・・町でも聞いた名だ・・・」
何者なのか知らないミアの反応に、グレイスは本当に彼らが何も知らないでこのレースのことを聞いているのだと改めて知り、吹き出して笑い出した。彼女の大きな笑い声にビックリしたシン達と、無知に対する恥ずかしさと仕方がないだろうという苛立ちで、思わずミアの声も大きくなる。
「なッ!・・・なんだ!何がおかしいッ!?」
「いや、すまない。本当に知らないで質問してきてるんだなって思ってね」
エイヴリーという人物を知らないだけでここまで笑われるとは思わなかったミアと、余程このレースにおいて重要人物であるのかと思ったツクヨが、彼女にその海賊、エイヴリーについて聞いた。
「そんなに有名なんですか?その人物は・・・?」
「そりゃそうさ。このフォリーキャナルレースで毎回のようにトップスリーに入る名前だからね。優勝候補の筆頭と言っても過言じゃない、実際優勝も何度もしてるしね」
確か町でツバキを助けてくれたマクシムという人物が、エイヴリーのところの船員だったなと思い出したツクヨは、彼から聖都で戦ったシュトラールとも引けを取らない威圧感を感じていた。そんな男のところのボスともなれば、少なくとも彼よりも強いことは間違いない。
だがグレイスの先程の発言から、それでも“候補”というのであればエイヴリーに匹敵する者が少なくとも後二人いることになる。
「他の候補者って・・・?そのエイヴリーでも一位独占ではないということだろ?」
想像するだけで冷や汗をかいているツクヨに代わり、シンが他の二名の候補者についてグレイスに聞く。
「そうだね。渡り合えるだけの力と総力を持ってる一人目が、シー・ギャングの“キング”って奴さ。奴も奴で単独の強さがある。それに組織的にも人員が多くて、日に日にその勢力を拡大してるから手がつけられない。まぁキングは変わり者だからねぇ、自分に匹敵する強者や気に入った者を引き抜こうとしたり助けたり、かと思えば突然戦いを挑んできたり、よくわからん奴さ」
二人目に挙げられた名前もシンとミアが既に知っており、尚且つ遭遇していた人物である。彼女の言う通り口調が特徴的で、酒場で暴れていたウォードという海賊ともめごとを起こしていたミアに手を貸してくれたロロネーとは別の意味で狂人じみた男だった。
「そして最後の一人が・・・、この子らのボスである“チン・シー”さ。この三勢力はとにかく組織として大きいからねぇ・・・。敵には回したくないのさ」
料理を楽しむフーファンの肩にグレイスが軽く手を乗せ笑顔を作ると、何の話か分かっていなかった少女もとりあえずニコッと笑って返した。
「言っておくけど、アンタ達が会ってた“ハオラン”も、この子らと同じチン・シーの一派だからね」
何となくだが、シンもミアもそうではないかと思っていた。それというのも、シュユーやフーファンに顔が効いていたのもさる事ながら、彼らの名前が同じような言葉から来ていることから察していたのだろう。




