旧友との再会
「それよりもこの状況・・・!これは一体!?飛んでいるのか落ちているのか!?」
宙を舞いながら流れに身を任せるライノは、周囲を見渡し掴める足場を見つけると、まるで泳ぐようにしてその岩場まで移動する。そこで初めてライノは、自身が何処へ続いているかも分からぬ上空へと吸い上げられている事に気がつく。
だが現状に気が付いたところで、彼には神饌の儀式が一体どんなものなのか。そして彼らのいるこの大空洞が、山の神に喰われた後である事すら知らない。
「クソッ・・・一体俺はどうなっちまったんだ?こんな所に居る場合じゃないのに・・・。俺はミネの元へ・・・」
何がなんだか分からない状況の中、彼の元に予想だにしない人物が現れる。
「ライノか、良かった・・・目を覚ましたんだな?」
「おッお前は・・・!?」
彼の前に立っていたのはミネだった。回帰の山の山頂にいる筈だった彼が何故ライノの前に現れたのか。そしてライノはまだ知らない事だが、ツクヨがいた場所から突如姿を消したミネが、どうやって別の場所に移動出来たのか。
それこそツクヨは彼の様子を肉眼で捉えていた。確かにモンスターの身体で僅かな時間、視線を遮断されたとはいえ見失うような筈がない。それこそ転移でもしたかのように、ミネは山の神の口の中であるこの大空洞を一瞬の内に移動していたのだ。
「ミネ!良かった、無事だったんだな!もうお前が何故俺の前から姿を消したのかは聞かない。俺はただお前に謝りたかったんだ。きっと俺は何かお前の癇に障る事をしたんだろう、それについては申し訳なかった。だからッ・・・」
ライノはミネに戻ってきて欲しかった。その為に彼は犯してもいない罪を、ただひたすらに謝りたかったのだ。回帰の山で二人で訪れた湖。あそこが二人の最後の場所だった。
やっと心を許してもらえたと思った相手が、それ以来一度も姿を見せることすらなかった。ライノはずっとその時の事を気にしていた。ライノにはミネの考えが分からなかった。故に自分の無神経さ招いた事だと思っていたのだ。
しかしそうではなかったのだ。
あの時既に、ミネは山の神に使われる道具として、山のヌシという役割を与えられていたのだ。本当のところはミネや、それを支配する山の神にしか分からないが、彼には既に自由などなかったのだった。
あの時、湖でライノの前から姿を消したのも、山のヌシとして役割を与えられていたからだった。
ミネを知る者達は、今も昔も揃って彼を不気味な奴や神出鬼没な奴だと話していた。実際ミネは、突然ありもしないところから現れたり、今も大穴の中を一瞬にして移動して来ている。とてもただの人間が出来る所業ではない。
「全てを話している時間はない。だがこれだけは信じてくれ。俺がお前の前から姿を消したのは、お前のせいではないんだ。それでお前を苦しめてしまったのなら、謝るべきは俺の方だ。すまなかった・・・」
「いや、いいんだ。お前に本心を話せて良かった。さぁ、今は一緒にここを・・・」
「それよりもお前に頼みたい事がある。お前にしか頼めない事だ」
「俺に?あぁ、何でも言ってくれ!」
ミネからの頼みは初めてだった。それがライノは嬉しかったのだが、彼はその後妙なことをライノに語り始めたのだ。どうやらミネは現状を把握しており、自分ではそれを如何にも出来ない状況であることを理解しているようだった。
「詳しいことを話している時間はない。お前にはこの先にいる“カガリ”を助けてもらいたい。あの子は彼らの・・・俺の子でもあるんだ」
「ミネの子供!?」
ライノはミネやトミ、そしてユリアの事について何も知らない。故に彼の子供という言葉に酷く驚かされたが、ミネはそんな彼の反応をも流しながら話を続ける。
「今上に吸い上げられている先にカガリがいる。アイツの生命エネルギーを感じる。その他にももう一人剣士がいるが、彼は暫く手が離せないだろう」
「剣士・・・外から来た冒険者の一行の誰かだろうか?行方不明者の中に旅の一行が含まれていた。俺と同じように山頂を目指していたのやも知れんな・・・しかし何故?」
「彼は俺の事情を知り救出しようとしてくれている。何故かは分からんがとてつもない力を蓄えているようだが、ここを脱出するには心強い味方だ。まずお前にはカガリに合流してもらいたい。その後、俺がその剣士の場所を教える。俺に何が出来るかまだ確かなことは分からないが、口を開けさせる事くらいは出来るかも知れん。その隙に全員で脱出する」
山頂に居た者達ほど、大穴の奥深くへと吸い上げられてしまっている。現状最も大穴の奥へと進んでしまっているのはツクヨだった。そしてその次に山頂に近づいていたカガリがおり、最下層にライノとミネがいる。
最下層とは即ち、山の神の口に近い位置。飲み込まれて間も無い場所。或いは彼らだけであればこのまま落下出来れば、脱出も可能なのかも知れない。だが彼らの身体は、一度足場となる岩場を離れれば一気に上空へと飛んで行ってしまう。
大穴の吸い込む力は、ツクヨが戦っていた大型のモンスターであっても、その巨体が浮いて行ってしまう程に強力で、人間などという小さな生命体では瞬く間にツクヨのいるところまで飛んで行ってしまうだろ。
しかし、それは逆にカガリのいる場所まで一気に到達出来るということでもある。同時に奥に進んでしまい、出口が遠ざかる事でもある上に、着地に失敗すれば下に落下することは出来ない。
つまり失敗は許されないという事だ。




