薄れる死への恐怖
予想だにしなかった一撃をもらい、思わず硬直する黒衣の男。その隙にアクセルは魂を自分の身体に戻し、男の腹部に蹴りを入れながら互いの距離を空け、直接魂を引き摺り出そうとする。
だがその直後、我に返った黒衣の男により魂を引き摺り出すアクセルのスキルが断ち切られてしまう。アクセルの蹴りに後退りする黒衣の男。初めて見せる男の隙に、畳み掛けるように攻撃を仕掛けるアクセル。
周囲の植物から黒衣の男の魂を引き摺り出そうと、生命力の触手を伸ばす。包囲された男はそこで初めて刀を鞘から抜いたのだ。しかしその刀身を見る事すら叶わず、男は既に鞘に刀を戻した後だった。
鍔と鞘がぶつかり、高い金属音を鳴らした時、アクセルの仕向けた数々の攻撃は一瞬にして見えぬ斬撃に両断されてしまう。
「刀を抜いたなッ・・・!?」
「正直驚いたよ。こんなところで刀を抜くことは無いだろうと思っていたからな。何度も死の間際を体験した事で、勘が鋭くなったか?」
「こんな事に慣れたくはねぇがな」
無意識の内にアクセルは、死に対する恐怖心が薄れてしまっていた。それは黒衣の男に殺意が無いことと、アクセルが瀕死になっても回復させるという行為が、彼の中で定着し始めていたからだった。
故にこれまで命惜しさに押し切れなかった場面で、多少強引でも攻めに転じる判断が出来るようになっていたのだ。このアクセルの成長も、黒衣の男の見込み通りだったのだろうか。
アクセルの戦闘方法や、その決断・判断の違いが行動に反映され始めた事に、黒衣の男は嬉しそうな声色へと変わっていく。
再び接近戦を始める二人。男は抜刀こそしなかったものの、体術よりも剣術で攻めることが増えていった。そしてアクセルの方も、死への恐怖が薄れた事により、男の剣術を紙一重で避けていく中で、反撃まで加えられるようになっていた。
「思ってた以上の成長だ。これで少しは・・・」
「クソッ!攻撃が当たらねぇ・・・。少しはついていけるようになったと思ったのに!」
「本来のお前は長中距離で戦うスタイルだろ。さぁ今度は離れた位置から俺に攻撃を当ててみろッ!」
まるでアクセルの成長を喜んでいるかのような黒衣の男は、鞘に納めた刀で彼を遠くへと吹き飛ばす。男の刀捌きに目が慣れてきたのもあったおかげで、これまでの直撃とは違い、今回は両腕でガードする事に成功していたアクセルは、吹き飛ばされた衝撃以上のダメージを負わずに済んだ。
「畜生ッ!舐めやがって・・・。お望み通り、一泡吹かせてやろうじゃねぇかッ!」
余裕を持って受け身を取ったアクセルは、遠ざかって見えなくなった黒衣の男の気配を探り、大体の位置を確かめると、こちらの感知スキルを悟られないようにするのと、魔力温存の為そこで感知スキルを切り、己の感覚と勘を頼りに黒衣の男を遠くから射抜く策を模索する。
一方、ギルドの捜索隊の救助に向かっていたシン達は、それぞれギルドの隊員と共に各方面へ散らばり山へ入ると、リナムルで身につけた獣の感知能力を活かして、次々に彷徨う隊員達を見つけ、野営へと送り帰していた。
木の上に登り、ウンディーネの力を借りて銃弾に彼女の魔力を乗せ、周囲の生物反応を探るミアは、次々に銃弾を遠くへと撃ち込み、ギルドの隊員の行方を探り当てていた。
「今度はあっちだ、三人いる。一人部隊から離れようとしてるぞ、急げ!」
「りょっ了解!」
「何だ彼女の能力は・・・。銃弾を撃ち込んだ方角がまるで見えているかのようだぞ」
「あぁ、だがそのおかげでかなりのハイペースで散らばった隊員達を見つけられている。この調子なら被害を最小限に抑えられるぞ」
別の場所からギルドの捜索隊を探しに行ったシンは、暗い影かそこら中に敷かれる地の利を活かし、凡ゆる影から顔を覗かせ、周囲の気配を探り隊員の位置を他のギルドの隊員達に知らせる。
「おい、アンタ」
「うおッ!?ビックリしたぁ〜・・・」
「向こうに隊員がいた。足を負傷して動けなくなってるみたいだ」
「了解!恩に着る」
森を探索するギルドの隊員の側の影から、突如シンの生首が生え情報だけを置いていって、再び影へと消えて行く。慣れた者達なら兎も角、初めてシンのスキルを目の当たりにする隊員達には少し刺激が強かったようだ。
そして上空にはツバキの飛行ガジェットと、大きく変身した紅葉が人の動きを感知しては地上で捜索にあたる隊員達へ合図を送り、神饌に向けた避難は順調に進んでいた。
最も危惧されていたカガリとケネトのグループには、他にもギルドの隊員が数名ついて来ていた。見張りという名目もある為、途中で捜索隊の者を見つけても、彼らの部隊だけは隊員だけで野営へ戻る事はしなかった。
「向こうに五人組の部隊が一つ、あっちに二人・・・。一人は怪我をしてるみたいだ」
カガリの言葉の後に、ギルドの隊員達はケネトの方を見る。彼の言っていることを確かめるようにケネトが人の気配を探ると、先程のカガリの言っていた人数と同じだけの反応があった。
「合ってる・・・。一人は五人の方へ、残りは怪我人のいる方へ向かう。目印を残しておくから、合流は向こうで」
「了解だ、怪我人の手当てを頼む」
言葉を交わした後に別れた一行は、ケネトの指示通り二人組の方へと向かう。カガリは彼らの様子に不満を持っているようだったが、勝手な行動は慎んでいた。それでもいつ突然行動に移るかは分からない。
恐らく彼も、いつケネトらの目を盗みミネを探しに行こうかと考えているに違いない。時折見せるカガリの視線をケネトは見逃してはいなかった。




