男の不可解な目的
まるで巨大な岩でも投げ飛ばされたような土煙の中、瀕死のアクセルが辛うじて呼吸を始める。吐血を繰り返し、苦しそうにしているアクセルのところに、黒衣の男が一瞬にして姿を現す。
ボヤける視界の中で、必死に男の姿をその目に捉えようとするアクセルに、黒衣の男は懐から一つの瓶を取り出すと彼の上でそれを握り砕いた。瓶の破片と共に中に入っていた液体がアクセルに掛かる。
すると、みるみる内にアクセルの負った傷が癒えていく。それが外傷だけに止まらず、内臓や折れた骨などその全てが元通りに回復していくではないか。
痛みが引いていく中でハッキリとする視界で見つめる黒衣の男の姿。一体何のつもりでアクセルの傷を癒したのか。
「なっ何のつもりだ・・・?」
「何も。ただの暇潰し・・・いや、俺の“慣らし”に付き合ってもらう」
「慣らし・・・だと!?」
まるで落とし物を拾うかのようにアクセルの胸柄を掴み持ち上げる黒衣の男。その腕を振り払おうと必死に足掻くアクセルだが、男の腕は全く緩むことはなくピクリとも動かない。
「さぁ、いつまで寝てるつもりだ?もっと俺を楽しませ・・・ろッ!!」
勢いよく放り投げられたアクセルは、刀で吹き飛ばされた時とは違い、木々の間を飛ばされる際に両サイドの木から魂に代わる生命力のオーラを掴むと、それをゴムのように引き伸ばしてクッションにして勢いを止める。
地上に着地したアクセルは、やられた分を取り戻す為黒衣の男の元へと駆けて行く。しかし向かうまでもなく、黒衣の男はアクセルの元へと既にやって来ていた。
通り過ぎて行く景色の中から突如姿を現した黒衣の男。姿を現したと同時に感じた男の気配にアクセルが振り向くと、既にその視界には刀に手を添えて抜刀の構えを取る黒衣の男がいた。
「クソッ・・・!いつの間に!?」
男は無言のまま容赦のない一太刀を浴びせる。振り抜かれた刀は最初にアクセルを吹き飛ばした時と同様に鞘に収まったままだった。また黒衣の男の強烈な攻撃をもらいそうになるアクセルだったが、今度は紙一重で避ける事に成功する。
というのも、アクセルの身体を背後から引っ張る何かが、後ろの木に繋がれていた。
「ほう、器用な能力だな・・・」
黒衣の男の攻撃は、間違いなくアクセルの首を捉えていた。命中すれば例え打撃であろうと致命傷は必至。そしてその時の体勢では、生物である以上どう足掻いても避けられる体勢ではなかった。
だがそれを可能にしたのは、後ろの木から伸びる生命のオーラだった。アクセルの能力は、自身が対象から魂を引っ張るだけでなく、対象からアクセルの魂を引っ張る事も出来たのだ。
これを利用して、黒衣の男の一閃を間一髪のところで躱して見せたのだ。二度目の死ぬ思いを味合わせるつもりだった男は、予想外のアクセルの回避に驚いたようだった。
「へッ!それだけじゃねぇぜ?」
「ん?」
今度は地面から立ち込める煙が、複数の触手のように変化して二人の間に割って入る。これを飛び退いて回避した黒衣の男は、直ぐに地上はマズイと木の上へと上がる。その間にアクセルも体勢を整え、後方の木の陰へと身を隠す。
「なるほど、最初に俺にスキルを当てたのは、限りなく弱く設置したコレのせいだったか」
最初に黒衣の男の動きを鈍らせたトラップ。そのスキルの本来の力を使ったのが、今の一定範囲内に大地の生命力を引き摺り出した、触れた対象の魂に干渉するトラップだったという訳だ。
そして更に魔力を使うことで、その生命力の煙を触手のように伸ばし、対象を捕えることも出来るのだ。
「無鉄砲なアタッカーかと思ったが、なかなか器用な戦い方も出来るじゃないか。少しは楽しめそうだ!」
木の上でアクセルの気配を探し始めた黒衣の男は、直ぐにその場から姿を消した。木の陰に隠れ、次の手を考えていたアクセルだったが、突如走る悪寒に身を屈める。すると、丁度立っていた時にアクセルの頭があった位置を、黒衣の男の刀がめり込む。
辛うじて避けたのも束の間、黒衣の男は続けて回し蹴りを放ちアクセルを大きく吹き飛ばす。黒衣の男は剣術だけでなく体術にも長けていたようだ。だが刀の時とは違い、骨が折れ内臓が潰れる程ではない。
痛みを堪えながら、再び木々の生命力をクッションに勢いを殺すアクセルだったが、同じ手が黒衣の男に通じる筈もなく、空中で止まったところを振り抜かれた刀で地面へと叩き落とされてしまう。
黒衣の男の刀による攻撃は桁違いで、最初に攻撃を受けた時と同様、一撃でアクセルの意識を刈り取ってしまう程強烈で、地面は隕石でも落ちたかの様にクレーターが作られる程だった。
「まッ・・・た・・・!?」
「強度は相変わらずの様だがな・・・」
黒衣の男はまた、クレーターの中心で死にそうになっているアクセルに、再び回復薬を浴びせる。
「だッだから・・・こりゃぁ何の・・・つもりだよッ!?」
「そうだな。言うなれば・・・“予行練習”だ。お前にもプライドってモンがあるんなら、少しは足掻いても見せろ。この土地は“お前にとっても”都合が良いんだろ?」
「ッ!?」
これまでの手合わせでアクセルの能力に関する何らかの秘密を知った黒衣の男は、その恩恵を存分に使いやり返して来いと発破をかけたのだ。意図が分からぬまま、アクセルは身体が治るや否や飛び上がり、牽制を込めた拳と蹴りを黒衣の男に向ける。
しかしそのどれもが空を切り、男に命中することはなかった。黒衣の男と距離をとったアクセルだったが、一気に距離を詰められ黒衣の男の手を抜いた蹴りをもらいクレーターの外へと弾き飛ばされていく。
「さぁ!その能力で必死に俺から逃げ回れ、もっと俺を翻弄しろ!」
遠くから聞こえてくる黒衣の男の声に耳を傾けながら、何処で着地するかを探しているアクセル。衝突が近づくと、彼の能力により音もなく森の中に身を潜める事に成功する。




