魂を狩る男の戦い
倒れるアクセルに近づいて行く黒い衣の男。本来は気に留める必要もない存在である筈の彼を、ただ邪魔されては困るという理由だけで始末しにかかる。
だが、アクセルの闘志はまだ折れてはいなかった。手の届くところにまで男がやって来るのを待っていたアクセルは、それまで虫の息だったにも関わらず、急激に動き出し男の足を掴み取る。
「ん?」
特に驚いた様子を見せなかったが、男はそのままアクセルの手を振り払うように後ろへと引く。その一瞬で飛び上がったアクセルは、そのまま空中でクルクルと回転し、男に向けて踵落としを放つ。
アクセルの攻撃を容易に避けてみせる黒衣の男だったが、アクセルは着地と同時に男の魂を引き摺り出す動線を引いていた。
俯いた姿勢からニヤリと笑みを浮かべて顔を上げるアクセル。その手には青白いオーラが纏われており、まるで糸のように黒衣の男の胸から伸びる何かを掴んでいた。
「やっと・・・掴んだぜッ!」
相手の魂を引き摺り出し、防御力に関係なくダメージを与えられるアクセルにとって、これは千載一遇にチャンスだった。
場面はツクヨが黒衣の男に投げ飛ばされた直後へと遡る。予定が変わり、アクセルの相手をする事に急に乗り気になった男は、神饌までの暇潰しとして彼の前に立ちはだかった。
「刀・・・お前も剣士か?」
「ん?俺の獲物か?ははは、安心していい。お前相手に刀は抜かねぇさ」
「そうかい、殺すつもりは無いと?」
端から真面目に相手にするつもりがないのか、黒衣の男はアクセルの問いにメイン武器と思われる刀を使わないと宣言する。しかしそれは、アクセルにとっては好都合だった。
例えそれが屈辱的な事であれ、気配を探れるアクセルにとって、圧倒的強者である黒衣の男に殺す意思が無いというのは、立ち向かう上で一つの安心感を生んだ。
だがそれは淡い期待でしかなかった。黒衣の男はあくまで刀を抜かないと言っただけで、殺す気が一切無いなど一言も口にはしていなかった。それを体現するように、この後アクセルの身に目も当てられぬほどの惨事が起こる。
早速、得意の魂を引き摺り出すソウルハッカーのスキルを用いて攻め立てるアクセル。それを範囲を見極めるように走りながら回避していく黒衣の男。
「驚いたな、俺のスキルは結構珍しいもんだと思っていたんだがな。これ程綺麗に避けられたのは初めてだよ」
「そうかい?そりゃぁお前が相手にして来た奴らが、よっぽど間抜けだったんじゃねぇのかい?」
会話で僅かに気を逸らしていた事が功を奏したのか、アクセルは設置型のスキルを黒衣の男の向かう方向に前もって仕掛けており、その範囲に足を踏み入れた黒衣の男の動きを鈍らせる。
「ん?」
「頂きッ・・・!!」
アクセルが仕掛けたスキルは、指定の範囲に対象者が入り込むと、全ての行動や攻撃に僅かなラグを生じさせるというものだった。相手の魂に干渉し、脳からの伝達に遅れを生じさせるという、僅かな隙を作るもので、戦闘においても大して強力ではなく、範囲によっては多くの魔力を消費してしまうものだった。
実際、黒衣の男を格上であると認識していたアクセルは、相手が避けられぬよう広範囲にそのスキルを敷いていた。範囲は広く効果は薄い。聞こえは悪いが、当たれば強力なアクセルの魂を引き摺り出す攻撃とは相性が良い。
加えて黒衣の男は、アクセルのスキルを紙一重で避けている。つまり僅かなラグでもあれば、防御力無視のアクセルのスキルが命中する裏返しでもある。
彼の読み通り、黒衣の男の身体に起きた僅かなラグは、アクセルのスキルを命中させるのに十分な時間を稼いだ。
アクセルが掴んだ手を引き寄せると、黒衣の男の身体から魂が引き摺り出される。綱を手繰り寄せるように、アクセルはそれを腕に数回巻き付けると、一気に黒衣の男の魂を自分の方へと引き寄せる。
「弱ぇよ・・・」
「ッ・・・!?」
勢いよく腕を引いたアクセルだったが、黒衣の男の魂はその身体から少し顔を覗かせただけでピクリとも動かなかったのだ。すると黒衣の男は、逆にアクセルから伸びるオーラの糸を掴み取り、自身の方へと引き寄せる。
男は軽くオーラの糸を引いたように見えたが、実際にアクセルの身体を引き寄せる力は凄じく、まるで強烈な力で吹き飛ばされたかのように背中を押され、黒衣の男の方へと引き寄せられてしまう。
そして黒衣の男は、飛んで来るアクセルに合わせて腰の刀に手を伸ばす。抜刀の体勢を取り身構える黒衣の男。刀を抜くにしろ抜かないにしろ、強烈な一撃が来ると身構えるアクセルは、その刹那の一瞬、黒衣の男のフードの奥に憤怒の炎に燃え盛る煉獄のような光を二つ見た。
次の瞬間、アクセルの身体は文字通り“く”の字に折れて、横へと吹き飛んで行った。黒衣の男の手には、鞘に収められた刀が握られている。アクセルは鞘越しに、目にも止まらぬ刀の一閃を受けて吹き飛ばされたようだ。
攻撃を受けた本人は、痛覚を感じるよりも先に、まるで枯れ枝を折るように乾いた音で鳴り響く、身体の骨が何本も折れる音を感じていた。吹き飛ばされた身体が一本目の大木に当たった瞬間、痛覚が目を覚ましたかのように全身に駆け巡る。
ミシミシと軋む大木もまた、アクセルの身体を受け止めたが、衝撃を吸収し切れずにそのまま折れてしまう。吹き飛ばされたアクセルの身体は、それでも勢いを失わず、その後も何本かの木をへし折りながら、漸くしてその勢いを失った。




