山に起きた異変と撤退指示
同時刻、回帰の山の別に場所にて、精気を纏ったモンスターを遠ざけるように怪我をさせずに戦闘を行っていたアクセル。頻繁ではないものの、野営に近づくモンスターの気配を感知すると、彼は誘き出すように魔力を使い、自分のいる方へとモンスターを焚き付けていた。
だが、ミネが山のヌシとして自我を失い、精気を纏った生物を呼び寄せる歩みを始めた事で、周囲の気配に気を配っていたアクセルは不可思議な反応の移動を感じていた。
「なっ何だぁ!?モンスターの奴ら、急に俺を無視して同じ方向に・・・」
身を隠すように木の上へと上がった彼は、そこで足元を駆け抜けて行くモンスターの様子を観察する。すると彼の元を通り過ぎて行ったモンスターの目は、虚なものとなりただ一心不乱に目的地となるミネの元へと向かっていく。
「これは一体、どういうこった・・・?とっ取り敢えず野営に戻るかッ!」
一方、アクセルやシン達が戻ろうとしている野営でも、同じような現象が観測されていた。少し離れたところで仲間達が、精気を纏ったモンスターを遠ざけている筈だったが、突如それを無視して一直線に何処かへ向かうモンスターが、ミア達のいる野営を横切って行った。
「どどどッどうしたんだ一体ッ!?」
慌てるツバキと不穏な気配に怯えるアカリに寄り添うミア。そして周囲の気配を探っていたケネトもまた、未だかつて観測したことのない山の不穏な様子に困惑している様子だった。
「おっおい!アクセルやシン達がモンスターを遠ざけてるんじゃなかったのか!?」
「いや、その筈だ!だがこれはどういう事だ?そもそもモンスター達が、俺達の気配などお構い無しに無視して何処かへ向かっているんだ・・・モンスター達だけじゃない。森の動物達もいるぞ!」
「何処かって何処だよ!?あぁ〜くそッ!地響きでガジェットが倒れちまうッ!」
「ツバキ、お前のカメラでモンスターの後を追えないか?こいつらが何処を目指してるかで、何か分かるかも知れない」
ミアの提案にツバキはカメラを飛ばした後、操縦をミアに任せて待機している間に弄っていたガジェットの部品の片付けへと戻る。カメラの操作を任されたミアは、タブレットをアカリに渡し二人でカメラが捉えている映像を確認する。
するとそこへ、異変を感じる持ち場を離れたアクセルが合流する。野営で感じた異変と同じ事を口にするアクセルに、ケネトが落ち着かせるように状況を説明する。
「あれ?シン達はどうした?」
「まだ戻って来ていない。だがこの状況を見れば、アクセルと同じようにこちらへ向かってる筈だ。それよりアクセル、これをどう見る?」
「どうってそりゃぁ・・・山のヌシか光脈に何かあったとしか・・・!」
一律の方向に向かって行く生物の気配の中に、こちらへ向かって来る二つの気配を見つけるアクセルとケネト。精気を纏った生物とは違い、安定した魔力を保っている事からも、それがシンとツクヨである事は直ぐに分かった。
二人に無事に、一度安堵の息を漏らすとアクセルは彼らの仲間に二人の無事と、こちらへ向かっている事を伝える。そしてアクセルとケネトでも分からぬ山の異変に、唯一ミネと調査隊を続けていたカガリに、何か分からないかと問うアクセル。
一見、彼らと同じように困惑していた様子を見せていたカガリだったが、何やらこの現象に心当たりがあるようだった。
「おいカガリ?どうした、何か知ってるのか?」
「これ・・・あの時に似てる」
「あの時?」
カガリは一行に発見される前、ミネを追って山に入った時の話を始める。彼は山に入り、気配を消しながら遠巻きにミネの後を追っていると、その道すがら山の生き物達を従えるミネの様子を目にする。
彼曰く、今の回帰の山の様子はその時の山の様子に似ているのだと言う。その話からも、先程アクセルが推測していたミネに何らかの変化があったに違いない。
シン達の帰還を待ち、生物達の後を追ってミネを救出すると一行に指示を出すアクセルだったが、そこへ到着したシンとツクヨからは、その指示とは真逆の提案が出された。
「みんな無事かッ!?」
「よく戻ったな、ご覧の通りみんな無事だ。それより急展開だ、ミネの場所が分かるかも知れない」
一瞬、不思議そうな表情で互いの反応を伺うシンとツクヨに、何か情報を掴んだのかとアクセルが尋ねる。そこで二人は、湖で見たミネの記憶が彼らには見えていなかった事を理解した。
つまりシンとツクヨ以外、ミネという存在の真実について何も知らないのだ。動揺する一行に、足を止めて湖で起きた出来事を説明している時間はない。直ぐにでも山の五号目よりも下へ降りて行かねば、山の神の食事に巻き込まれてしまう。
「みんな!直ぐにこの場を離れなきゃならなくなった」
「おいおい、離れるって山を降るって事か?ミネの居場所が分かるかも知れないんだ。カガリだってミネを心配して・・・」
「事情は移動しながらするから、今は私達を信じてついて来て欲しい!今山を登れば、みんな死んでしまうんだ!」
ツクヨの必死な様子に、これまでの落ち着いた大人といった印象を受けていたアクセルとケネトも、それほど切羽詰まった事態なのだと事態を受け取り、取り敢えず彼らの指示に従い山を降ることに同意した。
「野営を畳んでる時間はない!必要な物だけ回収して直ぐにここを発つぞ!」
「待ってくれよ!ミネさんに会ったのか!?何か知ってるんんだッ!?」
漸くミネに会えるかも知れないところまで来たのに、突然山を降ろうと言い出したシンとツクヨに説明を求めるカガリ。こうなる事は想像がつく事だった。自分の親の安否が心配でここまで来た彼が、何の説明もなく従う筈がない。
ただでさえミネに何かあったのではないかと不安でいっぱいだったのに、もう直ぐ手が届こうというところまで来て、ミネから遠ざかる事に納得出来るはずがない。
彼にだけは、必要最低限の説明が必要だ。そう思ったシンは、ミネに会った事と山を降るように言ったのはそのミネ本人であると彼に告げた。
「ミネさんが居たのか!何処でミネさんに会った!?」
「そのミネが山を降れと言ったんだ。さっきもツクヨが言ったが、今は時間がないんだ!ミネに迷惑や心配を掛けたくないだろ!?何があったのかは降りながら話から、今はミネの言う通りにするんだ!」
シンは彼の頭の中にいっぱいであろうミネの名を出して、彼の説得を試みる。一先ずミネが無事だった事、ミネが街に帰る事を望んでいると話し、冷静でないカガリにミネの言葉を信じるように仕向けたのだ。
「シンッ!ミネさんの話は・・・」
「分かってる、今だけだ。今のカガリは彼の言葉でないと動かない。利用するようで気は引けるが、命には変えられない・・・」
シンとツクヨは、ミネの真実をカガリに話すべきか迷っていた。ありのまま湖で見た光景や、ミネ本人から聞かされた話をすれば、カガリは再び親を失い一人になってしまう。
そして自分の本当の両親が生きている事や、その両親がカガリの記憶を失ってしまっている事。全てをありのまま話したとしても、どの道彼を傷つけてしまう事には変わりない。




