親として 人として
「人の親になると決めたのなら、何があろうと最期まで足掻くのが親ってもんじゃないんですか!?」
「俺が足掻いたところでどうにもならない。それに神饌が行われなければ、被害は俺達だけに止まらない・・・。周辺諸国や大陸全土にも影響を及ぼしかねないんだぞ?」
ミネの話では、光脈に精気を喰らう山の神の食事、神饌が無ければ回帰の山の精気は制御を失い溢れ続けてしまう。そうなればミネやカガリ、そして今山に入っている者達のみならず、多くの犠牲者が生まれてしまう事になる。
彼の言うように、最早一人の人間がどうこうできる範疇を超えているのだ。ツクヨの気持ちも分からなくはなかったシンだが、あくまで不満を持っていたのはツクヨだと、口を挟むことはしなかった。
「周りがどうなろうかじゃない!貴方がどうしたいかを聞いてるんです!このままただ生贄として死ぬのを受け入れるだけでいいんですか?何も未練はないと言うんですか?あのカガリ君の必死な姿を見ても、同じ事が言えるんですか!?」
ツクヨの言葉に思うところがあるのか、ミネは視線を下げて黙ってしまう。その表情からは決して未練が無いという様子は伺えなかった。少し間を開けてミネが口を開く。彼には珍しく感情の乗った言葉からは、それが彼の本心だったのだと理解できる。
「欲張り過ぎると全てを失うと思っていた・・・。こんな身となったが命は助かり、カガリを助けることも出来た。そしてトミもユリアも、記憶こそ失いはしたものの再び夫婦となり、幸せな日々を送っていた。それだけで十分だと・・・だが」
話の途中で言葉を詰まらせたミネの目には、光るものが浮かんでいた。やはりミネにも未練はあった。それは独り身であった時なら抱くことさえなかったであろう感情で、これまでの彼を支える感情であったに違いない。
「だが・・・カガリと一緒に暮らす内に、俺の中にまだ生きていたいという欲が生まれた・・・。それはカガリが成長するにつれて大きくなり、まだカガリの成長を見届けたいと生に縋るようになっていた。なのに・・・なのに俺の意思はヌシとしての役割に引っ張られて・・・」
涙を拭うミネはその場に崩れ落ち、死への恐怖とカガリの成長をまだ見ていたいという、実に人間らしい感情を露わにする。そんなミネに歩み寄ったツクヨが手を差し伸べると、漸く本心を口にしたミネに優しい微笑みを浮かべた。
「みっともなくても、醜くても足掻きましょう。生に縋るのは貴方が人間である証拠です。まだ人であるのなら、全てを運命だと投げ出さず、やれるだけやってみましょうよ。私がその手伝いをしますから・・・」
「あっ・・・アンタ、どうしてそこまで・・・」
「私にも娘がいます。しかし訳あって、今何処にいるか分からなくなってしまいました。げ元気でいるのかも分かりません。もしかしたら居なくなってしまったのかもと思うことも、何度もあります。でも私が諦めたら全てが無駄になる・・・。あるかも知れない希望も手掛かりも、全てを諦める事になる」
ツクヨはシン達の前でも漏らした事のない心の内を打ち明けた。現実世界で妻子を失った彼が、このWoFの世界で立っていられるのは、そういった信念があるからなのだろう。
仲間達に心配させぬよう押し殺していた、彼の内なる恐怖は夢に出てくる程根の深いものであったようで、その恐怖や苦痛は他人には理解で苦ぬほど強大なものだった。
そんなものを抱えながらツクヨは今までシン達と明るく接していたのかと思うと、彼の心が限界を迎えた時に現れるもう一つのクラスが生まれたのも納得がいく。
「決まっている運命だとしても、その時が来る瞬間まで争い続けましょう。カガリ君の為にも、貴方の為にも・・・」
差し伸べられた手を取り、ミネは立ち上がることを選んだ。山のヌシとして喰われる運命を待つだけではなく、カガリを救出し自らも人間として解放される為の道を模索する困難な選択をした。
「だが具体的にどうするつもりだ?俺達はアンタの頼み通りカガリを街に送り届けて見せる。しかしユリアとアンタは?」
「ユリアの気配は、俺が山のヌシとして更なる成熟を果たせば見つけられるかも知れない。今もそうだが、回帰の山にいる生物の気配が広範囲に広がりつつある。どうやらアンタらを探しに、ギルドの捜索隊まで来ているようだぞ」
「捜索隊が?そうか、もうそんなに経っていたか。じゃぁ尚更他の人を巻き込まないように、早く街に向かわないとな」
シン達の行動指針は決まったが、ミネはユリアを探す為に山のヌシとしての役割をギリギリまで受け入れて、彼女の居場所を探ろうとしているようだ。だが身体も思考も支配されていく中で、彼女を探し出し脱出させる事が出来るのだろうか。
そんな彼の事を心配して、事情を聞いたツクヨが山の神の神饌が行われる時、山の何号目までが飲み込まれるのかをミネに問う。しかし彼にとっても神饌は過去に一度遭遇しただけで、詳しい範囲などは分からなかった。
そもそも精気を纏った生物を喰らう山の神とやらが、どれ程の大きさなのかさえ分からないのだという。初めにシン達に告げた五号目付近までというのも、そこなら安全というわけではなく、前回の神饌の範囲から外れていたのがその辺りだったというだけに過ぎない。
悩むミネを尻目に、ツクヨはある思惑をシンに告げる。
「シン、もしかしたら私達であれば、その山の神とやらに喰われても直ぐには消滅しないのでは?」
「ばッ馬鹿を言うな!そんな危険な真似はさせないぞ!」
自ら危険に身を晒そうという考えを口走るツクヨを、シンは必死に止めた。だがそれを聞いてツクヨは僅かに驚くと、その後嬉しそうに笑みを浮かべながらシンの変化を口にする。
「ふふふ、心配してくれるんだね」
「当たり前だ、俺達は仲間なんだから」
「仲間・・・か。シン、君にとって私達は心を許せる“友人”になれたかい?」
「それはッ・・・」
ツクヨはシン達と出会った時に、粗方の事情を聞いていた。故にシンが、友人だと思っていた者の裏切りによりトラウマを抱え、人を信用出来なくなっていた事も知っている。
そんな彼から仲間だと、ちゃんと言葉として聞けた事がツクヨは嬉しかったのだ。そして他人を心配出来るようになったシンの心の回復にも感心していた。シンもまた、他者の裏切りにより心を腐らせる事なく、元の善良な心へと戻ろうとしている。
諦めぬ姿勢を持っているのは、シンも同じだったという訳だ。しかし当の本人は無意識の内に発した言葉だったようだが。




