赤子の両親
「要は、俺を使って光脈から溢れる精気を生命体に宿し、それをまとめて喰らう為の存在が山のヌシという訳だ。そして間も無くその食事の時、神饌が近づいている。お前達も見た筈だ、山の山頂付近が丸ごと抉られたようになっていた光景を・・・」
ミネの記憶を見た一行は、巨大な何かによって山が広範囲に渡り抉られた光景を目にしていた。その時は何が起こったのか理解出来ず、夢幻のような壮絶な光景に思考すら働かなかった程だ。
それが山の神による食事の跡なのだとミネは語った。
「だが、あんなに広範囲に渡って抉られてた山が、次の記憶では元通りになっていたぞ?そんな事が可能なのか!?」
「生命の源たる光脈に、山の神による果てしない力が加われば、山を成形する事くらい造作もない事なのかもな。実際、神饌を体験したのは、最初の記憶にあった儀式の時だけで、俺にも細かい事は分からないんだ。ただお前が言うように、次に俺が意識を取り戻した時には、回帰の山はすっかり元の形を築き上げていた」
「地形ごと削り取った部分が、直ぐに元の形へと戻るなんて・・・。でもそれを目撃した人も何処かにいるんじゃ・・・」
ツクヨの言うように、あれだけ景色が変わる程の現象を、他の国や街に居る人々が一切目にしていない筈がない。誰かによって観測されている筈だ。しかしミネ曰く、どうやら未だかつて外の者が回帰の山で起きる神饌を目にしたという記録は残っていないのだそうだ。
それもその筈。神饌の時は回帰の山の山頂、範囲にして七号目や六号目辺りにまで深い霧が立ち込めるのだという。まるで食事の瞬間を周りから隠すかのようにだ。
高い山ともなれば、そういった現象も決して珍しいというものではないらしく、実際他の山でも山頂付近が雲に覆われ、全く見えなくなるという現象が観測されている。当然、その中で何が起きているのかなど、外の者には知る由もない。
「山のヌシに選ばれた以上、俺の命は山の神の贄になるのは変えようがない。だからせめて、他の者を出来るだけ神饌に巻き込みたくない・・・」
「それでカガリ君を・・・」
「それだけが理由ではないんだがな・・・」
「?」
ミネが回帰の山で拾ったという赤子のカガリ。彼は彼なりの愛情を持ってカガリを育てたが、そんな我が子同然のように育てたカガリを大切に思うのには、他にも理由があった。
それはカガリの出生に関係していた。ミネは自身が山のヌシにされた事に気が付いた時に、全ての事を思い出していた。そこには本来、ミネが知る筈のない情報であっても、その時に山にいた生物が見ていた光景や記憶の一部まで、ミネの記憶として保管されていた。
その中には彼の最も古い記憶、儀式の日に山の神に喰われたであろう白装束の夫婦とその赤子を救出に向かったミネの記憶の続きがあった。
抉り取られた山頂のクレーターで地中に飲み込まれていったミネは、真っ暗な空間をゆっくりと下っていく中で、消えそうな程小さく光る灯火を二つ見つけた。そこが何処で自分がどうなったのかも分からぬまま、導かれるようにその二つの灯火を追いかけて行ったミネ。
彼は行き着いた先で、まるで母親に抱えられ安心して眠る赤子を見つける。それは紛れもなく、一度は夫婦が祭壇に捧げ取り戻したであろう赤子だったのだ。
二つの灯火は赤子の周りを見守るように飛び回ると、到着したミネの頭に直接語り掛ける。聴覚で声を聞くのではなく、脳内で物事を考える時のように別の誰かが脳内に干渉してきている感覚。そしてその声は、ミネにとっても聞き馴染みのある声だった。
(ミネさん、どうかこの子をお願いします・・・)
「その声・・・“ユリア”かッ!?お前達、無事だったのか!?」
しかし何処を見渡しても周りには誰も居ない。見えないという方が正しいのか、ただそこにあるのは二つの灯火だけだった。
(私達は神饌を穢してしまいました、もう助からないでしょう。しかし貴方と無垢なるその子だけなら、何とか帰れるかも知れません)
「何を言っている“トミ”ッ!あの子を孤児にするつもりかッ!?僅かでも可能性があるのなら、恥や人としての尊厳を失おうとも醜く足掻け!その為に事を起こしたんだろッ!?」
(ミネさん、ありがとう・・・ありがとう。私達も出来るだけの事はしてみます。だから・・・急いで!)
次の瞬間、真っ暗だった周囲が一気に晴れるとそこは夜の森の中だった。恐らく回帰の山と見て間違いない。そして真っ暗な空間から解放されたミネの腕には、ふっくらとした布に包まれた赤子が抱かれていた。
ミネが回帰の山を脱し、ハインドの街へと連れ帰ったその赤子こそカガリであり、その両親は何とアクセルとケネトが依頼を受けていたトミと、その捜索対象であるユリアだったのだ。




