正気を失わない二人
男の語る話がまるで今目の前で起きている事かのように記憶として蘇る。ミネの記憶の中に確かなものとして、儀式の光景が思い出される。当時の彼はその夫婦のことを心配し、儀式を何とか出来ないかと動いていたようだが、結果はシン達も彼の記憶を通して見た通りのものとなった。
「結局儀式は止められず、滞りなく行われてその二人の子は“山の神”に喰われてしまった・・・」
「ッ!?」
水面に映る男から聞き馴染みのない言葉を聞いたミネは、彼の言う山の神とやらが何なのかについて尋ねる。これまで回帰の山に登場した最も神聖なるものは、“山のヌシ”として語り継がれていた。
儀式などというものがあった時代だ。その当時では神として扱われていても、それが時代の経過と共に山のヌシとして呼ばれるようになったのだろうか。
「まっ待ってくれ!山の神とは何だ?ヌシとは違うのか?
「言葉の通りだよ。山の神とお前達の言う山のヌシとは別物だ。山の神はその名の通り山の神、回帰の山で起きる不可思議な現象の源であり自然災害そのものだ」
「自然災害そのもの・・・」
「我々がどうこう出来る範疇を優に超える存在。最早その行いを止めることは出来ない。それに万が一止められたところで、この地には光脈がある。何れ光脈から溢れ出した精気が山から溢れ出し、この大陸を飲み込みかねない。どの道犠牲は出てしまうという訳だ」
彼は誰よりも山の事について知っているようだ。回帰の山で起きる出来事の全てが、その山の神という存在が引き起こしている事で、それは自然災害のようにそこに住まう生命体ではどうにか出来るものではないと男は語る。
それにどうやら、山の神の行いを止められたとしても、回帰の山の地中深くに存在する光脈から溢れ出す精気が地表から漏れ出し、止めどなくこの大陸へ漏れ出していくと男は言った。
そこから推測できる事は、つまり山から溢れる精気を抑えているのが、その“山の神”という事になる。だがその山の神はどうにも、精気を全て抑え込んでいる訳ではないようだ。
「なら、回帰の山の現象はどうする事も出来ず、止めてしまえば更なる犠牲が出る。どの道俺達には介入の余地はないと言うのか?」
「そうだ」
ミネの質問に迷いなく答える水面に映る男。ここでミネはずっと疑問に思っていた事を口にするのだが、その質問の答えだけは聞き出すことが出来なかった。
「そもそも、何故アンタはそんなに山の事に関して詳しい?」
ミネの最後の質問に、水面に映る男は不適な笑みを浮かべて答える。
「何故かって?そりゃぁ俺が・・・・・l
「ッ!?」
男が何と答えたのかはミネにも聞き取れなかったが、何故かその瞬間ミネは水面の男が言わんとすることが全て理解出来た。直後に水面に映っていた男は消え、今のミネの姿が水面に映る。
言葉を失い、時が止まったかのように動かなくなったミネは、暫くして静かに湖の辺りから離れ、無言のまま何かに操られるように回帰の山の森の中へと消えて行った。
そこで記憶に映像が途切れ、ふと我に帰るように目覚めたシンとツクヨ。二人がやって来たのは先程の記憶の中で見た、ミネの訪れた湖だったのだ。
「えっ・・・えっと、シン?一応聞いておくけど、君もさっきまで誰かの記憶を・・・?」
「あっあぁ・・・それもこれまでに俺達が見た記憶の光景は、その殆どがミネという男のものだったらしい・・・」
水面を覗き込んで見たミネの記憶により、山の神の事やヌシの事、そしてミネという男に何やら不穏な秘密が隠されているという事に気が付いた二人の前に、正にその記憶で見た張本人であるミネが姿を現した。
しかし彼らの前に現れたのは、ミアやアカリが会った現在のミネの姿ではなく、記憶の光景の中で見たミネが湖を覗き込んだ時に映り込んでいた、若い男に姿だったのだ。
「お前はッ・・・ミネ!?」
「えッ!?でもこれってミネが湖を覗き込んだ時に映ってた・・・」
思いがけない姿で現れたミネに困惑する二人。そんな二人の様子を見て、自身の姿を確認するミネ。そして自分の姿が現代の姿ではなく、過去の若い姿である事に納得した彼は、何故二人の前にこの姿で現れたのかを口にする。
「どうやらお前達にとって印象深い”ミネ“という人物像が、この姿だったのだろう。今更俺に本当の姿なんてものは無い。俺の姿は俺を認識した者の印象によって姿形を変えるらしい」
シン達の前に現れたミネは、二人とは対照的に落ち着いた様子を見せる。シン達が過去のミネの姿で彼を認識している事から、二人がミネの記憶を見たことを理解しているようだった。
「ここまで俺の記憶を見て、正気を失わなかったのはお前達が初めてだ。どうやらお前達も、普通の存在ではないのかも知れないな・・・」
「ッ!?」
ミネが、シンとツクヨがこの世界の住人でないことを察したのかは分からないが、それを気付かれるわけにはいかない二人に緊張が走る。しかしそんな二人にミネはとあるお願い事を申し出て来たのだ。
その事からは、彼が二人の存在について深く追求してくる様子がないことが伺えた。寧ろその事自体に興味もないようだった。ただ正気を失わなかった彼らを利用しようとする意思くらいにしか感じられなかった。
「さっきも言ったが、今の記憶を見て正気を失わなかった者はいない。俺の事について知った二人に、頼みたい事があるんだ・・・」
「頼みたい事・・・?」
「カガリが俺を追って山に入って来ている事は知ってる。どうか彼を、無事に街まで連れ帰って欲しい。出来れば早急に頼む。ここまで来てしまったのは、俺の想定外の出来事だ・・・。もう時間がない、せめて五号目よりも低いところまで移動してくれ」
時間に追われる様子のミネの表情は曇っている。どうやらこれから、彼にも止めようのない何かが起ころうとしているようだった。




