ヒーラーの男の思惑
シンとアクセルが働き詰めで休めない現状を何とかしようと、ケネトはツクヨに精気を纏ったモンスター達を傷付けずに撃退出来るかと問う。峰打ちなら何とか出来るかも知れないと返すが、実際に試した経験はなく生半可な攻撃では強化されたモンスターの意識を断つのは難しいとケネトは言う。
「けどものは試しだ。私はシンのところに行って、それが出来るか試してみます」
「分かった。そのまま交代出来るようだったら交代してやれ。体制が整い次第交互に休息を取りながら夜明けを待つぞ」
「了解です。しかし貴方とアクセルさんの方は・・・?」
ヒーラーのケネトには敵を追い返す術は無い。しかし彼の表情には自信が溢れていた。何か秘策でもあるのだろうか。ケネトはこっちの心配はいらないとだけ話し、野営をミアに任せてそれぞれの仲間の元へと向かう。
影に潜みながら野営に近づこうとするモンスターの気配を探り、最も近いモンスターを周囲の影を集めた沼に引き摺り込み、出来るだけ遠くへと転送する。
「よし、これで暫くはこの辺りには来ないだろう。・・・ん?」
一息ついた所に、近づいて来る人間の気配を感じたシンが振り返ると、そこにはツクヨがいた。彼はシンに休んでもらう為、交代に来たと告げる。それと同時に、ツクヨの峰打ちが精気を纏ったモンスター達に通用するかの検証に付き合って欲しいと、シンに協力を頼む。
「峰打ちか・・・。正直あの体力のモンスターに峰打ちが通用するかは怪しいぞ」
「そこでシンの協力が必要なんだよ!一回試す意味でも、シンにはモンスターの動きを止めてもらいたい。その間に一発、打ち込んでみるからさ」
「分かったよ。取り敢えず次の獲物を待とう」
つい先程、周辺のモンスターを送ってしまった直後という事もあり、丁度いい実験体が居なくなってしまった今、二人に起こせるアクションはない。次のモンスターの接近があるまでの間、アクセルの交代には誰が向かったのかについて尋ねるシン。
ツバキは野営にミアが残り、ツバキやアカリ、そしてカガリの面倒を見ている事、そしてアクセルの交代には何か秘策がある様子のケネトが向かったと話した。
一方、モンスターの魂を引き摺り出し、遠くへ投げることで身体は魂を拾いに離れて行く。その様子を見送っていると、視界の端に映る人影を捉える。
「ん?あれは・・・。おーい!ケネト、お前野営を離れて何をしてんだぁ?」
「アクセル、お前が疲れる頃だろうと思ってよ」
「疲れる?俺がか?ペース配分はしてるさ」
「ふふ、まぁそう言うなアクセル。カガリやアイツらのケアもしてやってくれ。この先は俺達やカガリでも未知の領域になるだろうからな。今から不安を抱えられちゃ、いざって時に頼りにならなくなる」
ケネトはシン達一行やカガリも、この先の調査と依頼の為に必要な戦力として頼りにしていた。いくら回帰の山に何度も挑んでいる二人であっても、一行と一緒に見た幻覚は初めての経験だった。
用心深い程でも足りないくらいに用心しなければならないと、アクセルの説得を試みる。そしてアクセルも、そんなケネトの判断には素直に従った。
「分かったよ。けどお前、野営に近づいて来るモンスター共はどうするよ?」
どうやらアクセルもケネトの考えは知らないようだ。彼の治癒の魔法や攻撃に使える炎などは知っているものの、ケネトは一体どうやってアクセルの代わりにモンスターの進行を止めようと言うのか。
ケネトはそこでその方法についてアクセルに教える事なく、彼をそのまま野営に戻るよう促し、アクセルも曇りなき彼の表情を信用し、そのままミア達のいる野営へと戻って行った。
「さて・・・。精気にやられたモンスター達は、生き物の気配や魔力を感知してやって来る。つまりはそれらを餌に出来るかも知れない。試した事ぁ無いが・・・まぁやってみる価値はあらぁな。今後の為にもな・・・」
ケネトは今後の調査や山での生き残る術の為に、何やら実験を行うつもりらしい。アクセルにそれを話さなかったのは、彼のプライドだろうか。
回帰の山の依頼をこなす中で、成果や賞賛を受けるのはどちらかと言うとアクセルの方が多い。ケネトは別にそれが不満だった訳ではない。寧ろ誇らしいとさえ思っていた。
それにケネトの治癒魔法も、傷を負った者達の回復や精神異常からの復帰に役立っている。それでもケネトはアクセルの功績に見合う働きが出来ていないと、それを後ろめたく思っていたのだ。
アクセルだけではなく、ケネトも回帰の山の調査に一役買っている。その功績を何処かで立てたいと思っていたようだ。
「野営からは出来るだけ離れねぇとな。それに山道も避けなきゃならねぇ。出来るだけ人の踏み入らねぇところまで行ってから・・・」
暗い森の中を駆けて行くケネトは、不意に何かに気づいたように通り過ぎる木々に手を触れ、魔法の炎で野営の方向を指す矢印の形に焼き跡を残して行く。




