誘う影
ヌシの誕生について話しながら、一行は昼間に来た山の二号目に到達した。そこには二号目である目印の看板があったが、前回のように目印の括り付けられた木などは見当たらない。
「ここには木に目印が付いてないんだな」
「あっちの道は、登山の正規ルートじゃなかったからな。あくまで依頼人の捜索と失踪の場所を考慮して選んだ道だったんだ。でもその代わりに、分かりやすい看板があるだろう?ホラ」
アクセルが明かりを向けると、少しくたびれた様子の看板が建っている。
「二号目・・・前回と同じか」
「今回は夜という事もあってこれ以上進むのは無理だろう。この辺を探して何もなけりゃ無駄足に・・・」
ケネトが捜索に限界について口にしたところで、山の奥へと続く獣道の先に一人の人影を見つけるツクヨ。
「みんな!あれ・・・」
咄嗟に道の先にいる人影に聞こえぬよう声を潜めたツクヨの声に引かれ、息を呑んで彼の指差す先へ視線を向ける。その人影はこちらの存在には気付いていない様だった。
そこでシンは、自分がその人物をスキルで拘束して来ると提案する。彼の能力について知らないアクセルとケネトは反対したが、シンが地面を指差し自らの影を操ってみせると、二人は驚きの表情をしていた。
それもその筈。嘗てアクセルとケネトを救ったという“黒い衣”の人物もまた、影を操るような能力を使っていたからだ。だがシンに対して二人が何も感じなかったという事は、声色や体格などがそもそも違っていたのかも知れない。
自らの影の中へと沈んでいったシンは、真夜中の森の影を進みながら先程の人影へと、音を立てずに接近していく。そしてスキルの範囲にまで近づくと、木の陰に隠れながらその人物が映し出す影に向けて、周囲の影を触手のように伸ばす。
すると、人影の影まであと少しと迫ったところで、突如シンの影のスキルがピタリと止まる。と、同時にシンの身体の中に、足元から込み上げてくる何かを感じて、そのまま時が止まったかのようにシンの動きが止まってしまった。
「ん?どうしたんだろう・・・」
「何だ、何故動かない?このままでは先へ進んでしまうぞ」
「そんな事、私に言われても・・・」
ツクヨは周囲に音を立てないようにシンと連絡を取る手段である、メッセージ機能を使ってシンに呼び掛ける。だが彼からの返事はない。依然として木の陰で固まる彼の様子を見て、困惑した様子でアクセルらを見つめる。
もしやシンも光脈の精気に当てられてしまったのではないかと思い、人影にバレてしまう事は諦め彼の救出へと走り出す三人。
「シンッ!どうしたの!?」
「作戦は中止だ!直ぐに戻って来いッ!!」
ツクヨとアクセルの声が真っ暗な森の中に響く。近くにいたであろう小動物達が大きな音に驚き、草木の間を駆け抜けていくような音が周囲で聞こえる。そして目標のターゲットは、物音を聞いて一度だけ振り返ると、早足で森の中へと消えていってしまった。
動かなくなってしまったシンに駆け寄るツクヨが、肩を鷲掴みにし力強く揺さ振る。しかしシンの目は虚空を見つめ光がない。それが真っ暗な中だからなのか、彼の精神が何処かへ行ってしまったからなのかは分からない。
動かなくなっている間、シンの意識は真っ暗空間の中を漂っていた。そこが何処かも分からず、自分の状態がどうなっているのかも分からない。意識の中で身体を動かしている感覚はあるが、視覚や触覚という情報からそれを確認する事は出来ないようだ。
(ここは一体・・・俺はどうなったんだ?)
声を出そうとはしているものの、喉は鳴っておらず自分の声も聞こえてこない。どうやら五感全てが失われているらしい。
自分の置かれた状況にシンが戸惑っていると、次第に空間の下の方から何かの光がゆっくりとその輝きを強めていく。シンの視界に現れたのは、暖かい金色の光を発する、黄金の川だった。
(川・・・?いや、これが“光脈”・・・?)
シンは直感でそれが北の山、回帰の山に眠る光脈なのではないかと思った。もっと近くで見ることは出来ないかと、まるで水中を泳ぐように腕をかいてみると、視界が近付いていくのが確認できる。
次第に自分の身体が見えるようになり、視界は戻って来たようだが他の感覚は相変わらずのようだ。川の淵にまでやって来ると、金色に輝く川の中にツクヨ達が必死に呼び掛ける姿が映って見えた。
(ツクヨ!それにアクセルにケネトまで・・・。おい!俺はここだ!気付いてくれッ!!)
しかしシンの言葉が彼に届くことはなかった。水面に映る光景に手を伸ばしてみるも、ただ伸ばした腕が水面を揺らし水面に映し出された光景を邪魔してしまうだけだった。
(どうすればいい!?どうすればあっちに行けるッ!?)
次第に川から溢れる光が強くなり、更に広範囲を明るく照らし出す。すると周囲を見渡したシンは、その空間の上空に川からの光とは違う別の光を見つける。
川に触れても何も反応が無かったことから、水面に飛び込んだところでツクヨ達の元へは戻れないだろう。それどころか、最悪の場合光脈に飲み込まれ完全に自我を失ってしまうかもしれない。
それならば、まだ試していない光に触れてみる方が良い反応が伺えそうだと、シンは急いで上空の光に向かって無重力の空間を泳ぎ始めた。
そしてその白い光に触れると、光は瞬く間にシンの視界を一瞬にして飲み込み、意識も感覚も何もかもを失ってしまう。そうして次に彼が目を覚ました時、彼の眼前にはアクセルとケネト、そしてツクヨの姿があった。




