恩人の面影を追って
ハインドの街やその周辺の村々では有名で、彼らだけでなく他にも多くの人々が時折山の麓に訪れては、その土を持ち帰り光脈の影響を受けた成分の畑で、実りのある作物を拵えている。
「山の土にそんな力が・・・」
「だが、そんな事をしないと農業が回らないんですか?」
トミは首を小さくゆっくりと横に振る。ハインドの街が特別作物が育たないなどと言うことは一切ない。他の土地と何も変わらない、ごく平凡な土での畑作業。
しかし、一度北の山の土を使ってしまうと、その違いに驚愕しもう元には戻れなかったのだと言う。その土を使って採れた作物は、たちまち身体の疲労や病気にも効くと噂になり、飛ぶ様に売れる様になった。
だが土の効能は、北の山を離れれば離れるほど薄まってしまう。故に遠くから土だけを持ち帰っても、噂通りの効能は得られず、ハインド周辺に住む農家限定の恩恵だといえるだろう。
「なるほど、それでここの周辺の農作物が有名になってるって訳か。俺らは依頼をこなすだけだったから、事情については知らなかったぜ」
「しかし山へ近づけば、みんな気をおかしくしてしまう。その対策とかは無かったんですか?」
他所から来たツクヨが尋ねると、トミの代わりにアクセルがその辺りの事情について語り始めた。彼らはこの辺りを拠点にギルドの依頼をこなしている様で、北の山へももう何度も入っている様だった。
「まぁ戦闘向けのクラスでも精神異常を起こす程の影響力だ。普通の人間には精神安定剤だけじゃ防ぎようもないだろう。それでも無いよりかはマシだが・・・」
「じゃぁアンタ達はどうやって・・・貴方達はどうやって山に入るんですか?」
思わず普段の口調に戻ってしまうツバキに、アクセルとケネトは顔を見合わせると吹き出す様に笑い出し、普段通りに接してくれて構わないと彼に告げた上で質問に答えた。
質問を受けたのはアクセルの方だったが、口を開いたのはケネトの方だった。どうやら彼の就いているクラスが関係している様だ。
「俺達は俺のスキルで乗り切ってる」
「スキル?何か特化したクラスって事ですか?」
「そう、俺のクラスは心身を癒したり治療したりするのに長けた“セラピスト”ってクラスなんだ。だから自分達で何とか出来てるって訳だな」
WoFのセラピストのクラスは、街にいる医者などのNPCが就いている事も多いクラスで、主に精神的な状態異常や身体に影響を及ぼす特殊な状態を解除出来るクラスで、冒険者のパーティやギルドにも、ダブルクラスの一つとして就いている者も少なくない、割とメジャーどころのクラス。
アイテムや道具、装備などに頼らない治療が可能な為、場所を選ばず活躍出来る機会も多いが、他の似たクラスとの違いは魔力の消費量と、必要なスキル数の数と言えるだろう。
幅広く様々な状態異常を回復したいのなら、一つのスキルで多くの魔力を消費する事になるが、一度のスキル使用で短時間の回復が可能となる。
逆に魔力の消費を抑えたいのであれば、複数のスキルから一つの状態異常を治すスキルを選び、複数回に分けて時間をかけて治す事で、消費する魔力を軽減できる。
「要するに、戦闘中かそれ以外かで使い分けるってこった。今回みたいなモンスターが引き起こしているような案件じゃなけりゃ、それなりに長く山にも滞在できる」
「油断は禁物だがな。山には勿論モンスターもいるその時は・・・」
「俺の出番って訳よ!」
アクセルとケネトは、それぞれアタッカーとヒーラーというバランスの取れたパーティの様だ。それもケネト自身も武具を持っている様で、恐らくもう一つ別のクラスに就いているダブルクラスの冒険者である事が伺える。
「ハインドの街には、精神科医の様なクラスの人はいないんですか?その・・・トミさんの容態も少しは回復してあげられるのでは?」
ツクヨが耳打ちする様にアクセルに質問すると、彼らも依頼を受け話を聞くついでに、依頼人であるトミの治療をしているのだという。これは彼らなりの良心の様で、見返りや報酬の上乗せを期待してでの事ではない様だが、何故彼らはそんな危険な山の依頼を受けているのだろうか。
気になったツクヨは彼らに、ハインド周辺で拠点を構え活動している理由について訪ねてみることにした。
「アクセルさん達はどうしてここに留まっているんですか?他にも稼ぎのいい場所はあるだろうに・・・」
「単純に自然が好きってのもあるし、それに俺達が金を稼ぐにはこの腕っぷしを振るうのが手っ取り早いからだ。・・・まぁ、本当は別に理由があるんだけど・・・」
これまでの明るい表情から一変。アクセルとケネトは過去の出来事を思い出し俯いてしまう。
「別の理由・・・?」
「ここじゃない別の大陸でだけどよ、俺達も知らない誰かに助けてもらった事があってな・・・」
「それも無償で助けてくれた人達がいたんだ。あのままだったら、とっくに俺達は死んでたよ。そんな人達に憧れて俺は、人助けの出来るセラピストになったんだ。少しでも俺達と同じ様な目にあった人達を救える様にって」
「んで、コイツがヒーラー系のクラスに就くってんなら、俺は守れる戦闘職にしようってな。はは、口にすると恥ずかしい理由なんだけどな」
照れくさそうに頬を指でかくアクセルに対し、ツクヨはそんな彼らと彼らを救ったという人達の心のあり様に感銘を受けた。そして同じ様にウィリアムに助けられて造船技師になったツバキもまた、当時の記憶を思い出していた。
「恥ずかしい事なんて何もありませんよ。立派な志です。憧れたものに近づこうとするのは、口で言うのは簡単ですが実際に行動に移せるというのは凄い事です。なかなか貫き通せる事じゃない・・・」
「へへ、そうかい?アンタ達も初めは何か企んでんだろうなぁって思ってたが、悪い奴らじゃなさそうだ。山越えの件いいぜ、協力してやる。いいよな?ケネト」
「あぁ、勿論だ。それとついでじゃないんだが、こっちの依頼にも協力してくれるってんならありがたい」
「こちらこそ、これだけ話を聞いておいて無関心って程荒んじゃいませんよ。ね?ツバキ」
「おうよ!後でシン達にも伝えておかねぇとな!」
話ついでにツクヨは、過去にアクセルらを助けたのがどんな人物達であってのか、興味本位で尋ねてみると、ここで思わぬ話を耳にする事になる。
「それが全く素性が分からなくてな。全身“黒い衣“で覆われた格好をしてて、フードも被っていたせいか素顔も知らねぇ・・・」
「ッ!?」
黒い衣というワードに、シンから話を聞いていたツクヨが目を丸くして驚く。だがシンが出会した黒いコートの人物というのは、海上でキングの船に乗り込んだ際に攻撃を仕掛けてくる様な、とても人助けをする様な人物とは思えなかった。
「んでよ、これまたモンスターと戦う姿が凄まじくて!素早い動きで相手を翻弄して、物陰に一瞬入り込んだと思ったら、いつの間にか相手の背後に居たりしてよぉ。まるで“影”の中を移動してるかのようだったぜ」
あアクセルらの話を聞いて、ツクヨもツバキも顔を見合わせて驚く。彼らのいう命の恩人の戦闘方法というのが、まるで影を使って戦うシンの戦闘方法と酷似していたのだった。




