山で生まれたと青年
目新しい成果も挙げられぬまま、次第に彼らへの周りの期待度は下がっていき、いつしか支援も受けられなくなり今に至るのだとミネは語った。
「結局俺達は何の成果も挙げられぬまま、調査という名目であの山に縛られているんだ・・・。コイツはまだいいが、俺はもうこんな歳で他に出来ることもない。だったらせめて、山に消えて行ってしまった奴らと同じ最期に・・・」
「やめてくれよ!ミネさんッ!!俺は一人でも多くの人々の為に戦う貴方の姿に憧れて弟子入りしたんだ。貴方が諦めてしまったら俺は・・・」
カガリはどうやらミネに憧れて調査隊に入ったようだ。事情を聞こうとするとミネはカガリに、次の調査で必要な道具を買って来てくれと金を渡し、彼をその場から退室させる。
「あの子には・・・両親がいないんだ」
「え?」
「あの山で一人で泣いている赤子のカガリを拾って、それ以来我が子のように育ててきたつもりだ。捨てられていた訳じゃない。恐らく山で出産したんだろう。詳細は俺にも分からんが、両親はそのままあの子を置いて山に取り込まれちまったに違いない・・・」
精気溢れる光脈の地での出産ともなれば、確実に光脈の影響を受けてしまうのは火を見るよりも明らか。だが出産は本人がどうこう出来るものでもなく、カガリの両親も苦渋の決断だった事だろう。
せめてあの子だけはと、ミネが赤子のカガリを見つけた時は、雨風が凌げる木の根元に開いた穴の中に、大事そうに包まれた姿だったという。
「じゃぁご両親はその後・・・」
「あぁ、恐らく光脈の精気に当てられておかしくなっちまったんだろう。それでも生まれたばかりのあの子に、あれだけの事をして残していけたのは奇跡に近い。精気に当てられた人間は、とてもではないが抗える状態ではない筈。両親の強い愛情があの子を生き存えさせたんだ」
「それを彼には?」
自分の両親が山に取り込まれたと知れば、きっと彼は両親を探しに行こうとする筈。だがカガリが物心つく頃には、既に両親は何年も山の中で過ごしている事になる。
山での生き方について詳しい知識を持っていたのなら別だが、それでもあの山で生き延びているという話は、ミネも聞いた事がないという。仮に生きていたとしても、既に人の姿にはないだろう。
そんな両親の姿をあの子に見せたくはない。だがカガリは、頑なに両親のことを話そうとしないミネに何度も自身の出征について尋ねてきたそうだ。そしてある日、教えてくれないなら自分で探すと言って、街での聞き込みをした後に一人で山へと入って行ってしまったのだという。
当時の調査隊の仲間達と共に山中を駆け回って探し、漸く見つけた時には酷い熱を出して不自然に草花の生い茂るところで倒れていたそうだ。彼の身体に絡みつく蔦や根っこを取り払い、漸く引き剥がす事に成功するミネ達はすぐに山を降り街の医者の元へと彼を連れて行った。
するとカガリは強い魔力に当てられて、人が有することのできる魔力量をとっくに超えていたらしい。通常であれば、限界を超えた魔力を体内に注ぎ込まれた人間は自我を失い死んでしまうか、魔物へと変貌してしまうのだというが、どうやらカガリの場合はそれを抑制する何かによって守られていたらしい。
カガリを救出した調査隊が、その場を見る限り思い当たるものといえば、カガリが倒れていた場所に不自然に生い茂っていた草花と、彼の身体に巻き付いていた蔦や根っこの存在しか考えられなかった。
元々山で生まれたという特殊な境遇にあったカガリは、もしかしたら山の光脈に対し何らかの耐性や抗体を持っているのかも知れない。すぐにカガリは血液検査と体内魔力の検査が行われたが、どちらもこれといった異常は見られなかったという。
カガリの体質に興味を持った者達は、更に彼の身体を調べようとしたが、ミネがこれを拒否してカガリを匿うように必要以上の検査や調査を拒んだ。その調査を申し出た者達の中には、シン達の追うアークシティの研究員も紛れていたらしい。
ミネが調査を拒んだのはカガリの身を案じたのが一番の理由だが、彼もまたアークシティの研究が道徳や倫理観を無視した非道な研究をしているという黒い噂を聞いた事があったからという理由もミア達に明かした。
「またアークシティ・・・ですか」
「君達も聞いた事があるのかい?」
「アタシらも実際に奴らの研究を目にした事がある。主に生物実験だったがな
」
「やはり噂は本当だったか・・・。あの時検査を拒んでおいて本当に良かったと今確信したよ」
ミネはカガリを助けるつもりで検査を断ったが、本人の意思とは関係なく勝手に彼を助けたつもりになっていただけなのではないかと後悔している部分もあったという。もしかしたら検査をする事で、彼の特異な体質を治してあげられるかも知れないと。
「それでカガリの特殊な体質ってのは何なんだ?見る限り普通の青年に見えるが・・・」
ミアが彼に尋ねると、ミネはカガリが山に入ると他の人達には見られない反応が起こる事を明かした。カガリが山の中で同じところに長時間滞在すると、その周辺にいつの間にか草花が生え、枯れていた木々は水々しさを取り戻すのだという。
その他にも彼の周りには野生の動物達が警戒心を解いて近づいてきたりと、他の者達は知らないがまるで山のヌシのような不思議な力を身につけているのだと語る。
それは本人にも話しておらず、近年では常に二人だけで山へと入るミネは、その事を本人にも話しておらず、稀にそういった体質の人間もいるとだけ話している。実際にはそんな事はありえない事なのだとミネは言う。
「だがそれが一体何と関係があるのか、俺にはまだ見つけられていない。光脈や山のヌシに関係している事は明らかだろうが、それが何を齎し何を意味するのかは・・・」
「出征を知らない・・・か。アカリと似ているな」
「似ている?」
「はい。実は私も、自分が何者なのかという記憶が一切ありません・・・。目が覚めた時にはミアさん達がいて、この子が私と一緒に居たそうなんですが・・・」
「ピィ?」
不安そうなアカリの表情を見上げる紅葉。ミネはその紅葉の美しい紅い羽を見て、ここらでは見ない不思議な生態だと関心を示していた。
「でも、この子もこの街についてから何だか変なんです。いつもと違って何だか怯えているような・・・」
「ピィ・・・」
「彼には人間には分からない何かを感じるのかもな。他所から動物を連れて来る冒険者や商人達の動物もそうだ。普段より大人しくなったり、スキルを使わせようとしても使わなかったりするらしい」
「それも回帰の山の光脈が関係している・・・?」
「かもな。その子次第だが、あまり山へ連れて行く事はオススメせんよ」
ミネは紅葉の事を心配して言ってくれているのだろうが、ミア達は回帰の山を超えて先へと向かわなければならない。何かいい方法はないかとミネに尋ねるが、彼もまた安全を第一に考えるなら、どんなに月日が経とうと迂回する道を選んだ方が確実だと言う。




