クラス提示
停泊しているロッシュの海賊船から後方、それほど遠くない位置で舟を止め、双眼鏡で目標の船の様子を伺う。海賊船の後方にはロッシュの部下のものだろうか、荷物を積んだ船が数台停まっており、ロープを使って船の中へと引き上げている。
その他にも、船の後方部には開閉式の扉が付いていて、つっかえ棒のようなもので固定されて開いている。そこから小型の舟を出し入れ出来る仕組みになっているのだろう。
「海面付近で開いているあの扉から潜入する。今と同じ手筈で舟をあそこに近づけ、シュユーによって付与された不可視の黒衣を纏って中へと入る」
「だが、あそこには見張りもいるぞ、舟が近づけば怪しまれるんじゃないか?」
見知らぬ舟が近づけば、いくら何でも不可視の状態とはいえ近づけさせないのではないだろうか。相手は海賊だ、何をするかわからない。怪しいと感じれば沈めに来るかもしれない。そうなれば不可視であろうがなかろうが関係ない。
しかし、グレイスの表情に心配や不安といった様子はなく、問題ないといったようすで何も知らされていないシンの質問に答える。
「大丈夫、ちゃんと考えはある。そしてアンタのスキル次第でもっと安全に事を運ぶことが出来るようになる。アタシ一人だったらもっと物騒な手段を取らざるを得ないところだったんだよ。出来る事ならあまり相手の怒りを買いたくはないからね」
彼女の言う物騒な手段とは、恐らく殺しのことだろう。だがそれは間違った事ではなく、目撃の恐れや、仲間を呼ばれるリスクを考えれば、後顧の憂いを断つという意味では、いなくなって貰った方が動き易くなること間違いないだろう。
「さぁ、下見はもうこの辺でいいだろう。一旦港に戻って、今度はお互いの出来ることの確認をしよう。作戦に使えるスキルや緊急事態での動きなど、言葉の要らない連携が必要になるからね。アンタのクラスで出来ること、アタシのクラスで出来ることを互いに知っておいた方がいい」
ハオランの紹介で周知となったシンのクラス、アサシンはこういった場面で真価を発揮するクラスと言えるだろう。姿を見られることなく、その存在すら気取られることなく任務を遂行することに長け、痕跡すら残さない。
そしてグレイスのクラスだが、紹介された時の情報では海賊という話であったが、ここに来てシンの中にある疑問が浮上する。それは、そもそも彼女は海賊のクラスなのだろうかということ。
彼女がやっている行いこそ海賊のすることと同じだが、それが必ずしもクラスであるとは限らないのではないだろうか。二人が乗る小舟は陸地へと戻り、互いのスキルを確認するため、人目のつかないところへ移動する。
「なぁ、アンタのクラスって本当に海賊なのか?確かに海賊というクラスは存在するが、所謂海賊という行いをする者達が全員海賊のクラスなら、互いにそのクラスのメリットデメリットを熟知していることになる。そうなると必然的に、相手の不意を突くためにダブルクラスであることが大きなアドバンテージになる。一つのクラスを固定させてまで海賊をする理由とは何だ?」
シンの疑問とは、海賊業を行う者が一様に海賊というクラスに就いているのなら、海賊のクラスに有利な者達の、良い狩場となってしまう。それでは生態系のバランスというか、彼らは常にクラスを開示したまま戦うデメリットを抱えたまま戦わねばならない。そうまでして海賊であろうとするだろうか。
グレイスはシンの語った内容を受け、彼がただ何も考えずに旅をしているわけではないことを悟り感心すると、その疑問について話し始めた。
「そうだね・・・、確かに海賊をやっている奴らの中には、海賊というクラスに就いている者もいる。だが、ある程度海上で必要なスキルを身につけたら、別のクラスへ転職するケースが多いんだ。アンタの言う通り、アタシもそんな奴らの内の一人で、既に海賊のクラスには就いていないよ。・・・そしてアタシのクラスってぇのが・・・これさッ!」
そう言うとグレイスは突然踊り出し、ポーズを決める。そして掲げられたその手に光り輝く何かがゆっくりと現れ降りて来ると、それを彼女の指が艶やかに絡めとる。
「踊り子・・・ダンサーか?・・・それに、その手にしている物は・・・」
彼女の行動から一目で分かるクラスが一つ、それが踊り子。味方をサポートするバフであったり、敵のステータスを下げるデバフ、状態異常を引き起こすことも出来る器用なクラスであり、その身のこなしから放たれる武術も強力。
しかし、それ以上にシンを驚かせたのは、ツクヨの隠されたクラスと同じく、彼自身もWoFの世界で出会ったことのない珍しいクラスの存在。
「裁定者、そしてコイツはアストレアの天秤。万物の能力差を均等にし、平等な身体的条件の元決闘を行い裁く者」
裁定者はその能力で力量差を埋め、レベル差や能力差によるパワープレイを無効化する強力なスキルを使うクラス。グレイスの見た目からは、どちらのクラスも全くと言っていい程想像が出来ず、シンは思わず言葉を失った。




