安全な商売の為の・・・
山にはヌシが必要だった。それは動物や人間、或いは植物でも構わない。ただ山の中で生きとし生けるもの達と共にあり続けるものが必要だった。
ヌシの決定は山が決める。それはその土地に元から住まう者達のみに留まらず、近隣に住む者達や余所者であろうと関係なく選抜される。
選ばれた者は新たなヌシとして、先代から続く光脈の恩恵を受け、その寿命尽きるまで山の為に永劫尽くし続ける。
山はヌシあってのもの。ヌシは山あってのもの。二つは対の存在であり、どちらも欠かせぬもの。この理に例外はない。またそれらの関係性が乱れた事も過去一度もない。
これは神によって定められた事であり、他者が介入する余地はない。
「何だそれ?昔話か何かか?」
「こら、ツバキ」
馬車の主人の語りに、大欠伸をしながら退屈そうにしているツバキを、ツクヨが叱る。
「ははは、お子様には少々難しかったかな?」
「誰がお子様だ!!」
彼らのいつもの件をそっちのけに、ミアがそれと精神安定の件がどう絡んでくるのかと主人に尋ねる。山のヌシに選抜されてしまう人間達の特徴の中には、突然沸き始める山への強い関心や興味、そして他の事など考えられなくなるほど山に献身的になると言われている。
山のヌシに選抜される条件として、光脈の発する強い力に当てられてしまい、より強い魔力を帯びるようになるという特徴が記録されているのだという。
その選抜対象から外れる為にも、強く自我を保つことが大切なのだと主人は語った。そしてその為の精神安定剤は、山の麓で大いに稼げるのだという。
「なるほどな。それで薬売りでもないのに、これだけ薬の類が揃ってる訳だ」
「ご名答!元々ハインドで売る薬だ。アンタ達人数分だけなら少しオマケして安く売ってあげるよ。それ以上は通常の値段になるけどね。他にも薬の類は多く揃えてあるから、足りない物があれば売ってあげるよ」
「安く売ってくれるなら、取り敢えず人数分買っておいてもいいんじゃないかな?」
「まだ店売りの値段も見てないんだ、本当に安いかどうか分からんぞ・・・」
「ミアはケチだからなぁ〜。いいじゃねぇかよ、金ならあんだし。それにそれ程高い買い物でもねぇだろ?」
「そうやって金のある奴は、多少値上がりした物でも簡単に買っちまう。ここの主人は商売が上手いかもな」
実際ミアの言うように、こちらの世界でも金に余裕のある時の旅人や冒険者というものは、僅かばかりの値段の違いならそれ程気にせず商品やアイテムを買っていくという傾向があるらしい。
欲しい物がその場で手に入る。わざわざ待って値段を比べても、それ程値段が変わらないのなら直ぐに手に入る方がいい。そういう心理状態になるのは、きっと現実の世界でも同じことだろう。
彼らの行商人や馬車の運営をする者達は、そういった小さな積み重ねで普段以上の売り上げを上げている者達も多くいる。それにツクヨのようにお人好しであれば、乗せてもらってる恩もある、と考える者も少なくない。
ミアでなくても、経済的で慎重な買い物を気にする者であれば、誰もがそういった疑いを持つだろう。少しでも安い物を買おうとするならば、実際にハインドに着いてから比べるのがベストと言える。
「でもミアは酒を買ってたでしょう?それは無駄遣いじゃないの?」
「・・・取り敢えず人数分だけ貰おうか」
「毎度あり!」
どんなに正しく賢明な言葉を並べようと、ミアには返す言葉がなかった。何よりそれ程気にするような大きな買い物でもなく、今の彼らであれば大した出費でもない。
ミアは主人の指示に従い金を彼の側にある箱の中に入れる。そして最初の目的であった菓子も一緒に購入し、ハインドに到着するまでの間の腹ごしらえをする一行。
そんな時、ツクヨから目の前の買い物について素朴な疑問が出た。
「でもさぁ、お客と商品を同じところに積んで、盗まれたりとかはしないの?料金だって誤魔化して入れられたりとかさ」
「何だ、知らないんですかい?お客人。そこに組合の紋章があるでしょ?それがある限り、私達は安心して商売が出来るんですよ」
「紋章?この紋章が何か?」
ミアが金銭を入れた箱の側には、商業の組合の紋章があった。主人の話ではそれがある限り、商品を取り扱う側の主人と客の間で成立した取引に悪事を働くことは出来ないのだという。
もしその場で悪事を働くような事があれば、その場で拘束の魔法が発動し、主人と組合の者の同意がなければ解除されないという、防衛システムのような代わりがなされているのだという。
組合加入者は、申請したルートでの商売が認められ、その間の取引が両者の同意の元正確に成立するように保証される。この紋章の魔法は、客のみならず、商人側にも発動する。故に組合に所属したからには、悪どい商売も出来なくなるという訳だ。
「え?でもリナムルへの道中では襲われたよね?力技の襲撃には対応しきれないって事?」
「あのルートは確か組合に認められてないルートだったと思うぜ?リナムルの木材自体がまだ開拓中の素材だし、正式に商売のルートに加わるのはまだ先になるんじゃねぇの?」
「よく覚えてたね、ツバキ」
「馬鹿にしてる?」
あの時シン達を乗せていた馬車は、まだ正式にリナムルとの交易を果たす条件が整っていなかった。そもそもリナムルの新種の木材が注目されたのも最近の話で、森の者達とリナムルを救ったシン達は、まだリナムルが正式な街として再建途中であることを知っている。
故に組合が正式にルートを認めることになるのも、まだ先の話になるという訳だった。
「そっか。早くあそこにも物流が行き渡るといいね」
「うん・・・」
リナムルに特に思い入れのあるアカリは、紅葉を抱き抱えながら心配そうに森に残った者達の顔を思い浮かべていた。




