目的地の情報更新
暫くしてすっかり日が昇り、シン達の乗る馬車にも光が差し込む頃、アカリとツバキが目を覚ました。目的地であるハインドという街への到着は昼頃になる予定だ。
まだ到着まで暫く時間がかかる中で、ツバキはアルバで購入した部品などを使い新たな発明品の開発に勤しんでいる。といっても、腕や脚に取り付けるガジェットや、アンカーを撃ち出す小手のようなものではなく、更に小型な何かのようだ。
「何作ってるの?」
「ん?いや、今回は趣向を変えてだな・・・。新しい連絡ツールでも作ってみようと思ってな」
彼がお手本にしている物は、アルバでケヴィンから貰ったアークシティ産の蜘蛛型カメラだった。時折工具を取り出し、足の部分や胴体を少し分解しては構造を覗き込むように、日の光を当てながら観察している。
蜘蛛型カメラはカチカチと床で足音を鳴らしながら逃げようとしている。しかし胴体に繋がれたワイヤーが、まるで首輪のように蜘蛛の動きを制限している。
「ツ・・・ツバキ、これは?」
「これって?あぁ、繋いでおかなきゃ逃げちゃうだろ?」
「逃げるって・・・え?生きてるのコレェ!?」
色々と弄っているうちに、ツバキはこのカメラに操縦モードと生態モードがある事を発見したらしい。その中には蜘蛛の生態がインプットされており、自然な生物の動きを自動で行うものらしい。
そんな機能が果たしてどんな役に立つのかは分からないが、これも技術力の賜物なのだろうと、ツクヨは無理矢理納得する事にした。
「でも面白いね!機械に生物の生態をインプット出来るのか。っていう事は、この子に別の生き物の生態をインプットすることも出来るのかい?」
「出来るだろうけど、この機体に可能な動きしか出来ないだろ?寧ろ別の生物の生態を入れたら異常をきたしてクラッシュしちまうかも知れねぇぞ」
二人が機械の事について盛り上がっている間、シンとミアはアカリの薬の調合を手伝っていた。とはいっても、シンとミアは調合師のスキルを使える訳でもない為、簡単な物の調合しか出来なかった。
それでも状態異常を回復する薬や、効果量の少ない回復薬は上位の物を作り出す為の素材になる為、アカリの作業量を軽減するには十分な働きが出来る。補助系のアイテムはスキルなどと違い、使用さえ出来れば誰でも回復薬やサポートが可能になる。
ただアイテムだからといって、何でもかんでも使用できる訳ではない。アイテムにもランクや使用クラスの制限が掛けられており、例えば通常の回復薬ならば基本的に誰でもどのクラスでも使用可能だが、それに加えて全ての状態異常まで回復出来るとなると、薬剤の知識や特定のスキルが必要になって使用出来ないというアイテムになってしまう。
つまりシンとミアが今調合しているのは、ランクの低い誰でも使用出来るアイテムという事になる。その上で、彼らの作ったアイテムを素材として、アカリが別の薬草やハーブを使い、彼女だけが使える特殊で便利なアイテムへと昇格させているという状況だ。
「なんか内職みたいだな」
「給料は出ないけどな」
「内職?」
アカリにその知識がないのか、この世界にそういった内職が無いのか。WoFのゲームにおいて、果たして内職と呼べるものが存在していたかどうかは、シンもミアも定かではなかった。
大抵は街や国などで発生するクエストをこなしたり、モンスターを退治したドロップ品を売ったりすれば冒険者は金がある程度稼げる。
「まぁどこでも出来る稼ぎってところかな?」
「そんなものがあるのですか!私にピッタリかも知れませんね!」
「はは、そうだな」
あながち彼女の言葉は的外れでもなかった。安い調合素材や拾い物で薬を作り出し、街や村の商人達に売って稼ぎを得るという方法もあるくらいだ。アカリがリナムルの森で獣人族達から得た知識やスキルは、彼女にとって確実に内省的な力にもなっていた。
そこへ誰かのお腹が鳴る音が響き渡る。一行がキョロキョロと見渡していると、一人だけ他の者達とは違い、俯いている人物がいる。それはまだ起きたばかりで、眠そうに欠伸をしていたツバキだった。
「腹減った・・・。誰か何か買ってきてない?」
ツバキのリクエストで所持品を確認する一行。それぞれがアルバで最後に買ってきた物に目を通していく。
「悪い、俺は投擲ようの道具と戦闘用アイテムばかりだ・・・」
「私も戦闘用アイテムが殆どだね。っていうか、男性陣は同じところに行ったんだから分かるでしょ」
「御免なさい。私も薬草や薬品ばかりで食べ物は・・・」
「アタシは酒だな」
「・・・・・」
一行の目が細まり、酒瓶を手にするミアへと向けられる。言葉はなかったが、その鋭い視線がチクチクとミアへと突き刺さり、彼女も何が悪いといった様子でコソコソと酒瓶をしまった。
すると彼らの騒がしい会話が聞こえたのか、馬の手綱を引く馬車の主人が、お腹を空かせる一行に声を掛けてくれた。荷物の中に腹の足しになる物があると、それが置かれている場所を説明し、ツクヨが主人の言う通りの場所を調べると、芋で作ったであろうスナック菓子の袋が多く詰め込まれていた。
「見てよ!宝の山だッ!!」
「よっしゃーーーッ!ありがとよ!おっちゃん!」
空腹のあまり席を飛び出して菓子の元へ向かうツバキ。だが当然ながらタダでくれると言う訳ではなく、あくまで販売してやるという条件だった。
「まぁ、そりゃぁそうか。大丈夫!金なら持ってるぜ、おっちゃん!」
一行は海のレースで得た賞金を取り出すと、その膨れ上がった袋を馬車の主人に見せつける。見かけによらず大金を携えた一行に、大きく口を開けて豪快な笑いを見せる主人は、気分が良くなったのか、安い馬車に乗せてしまった詫びだといって、他の商品も売ってやると言ってくれた。
「まぁでも、他の買い物と言ってもなぁ・・・」
「確かに。前の街でガッツリ買い物は済ませて来たからね」
「食い物以外な?」
「あのね?ツバキ君、君は時々一言多いよ・・・」
「嘘じゃねぇだろ!?」
他の商品も勧められたが、あまり今必要な食べ物以外必要そうでない一行に、馬車の主人が目的地を問う。ツクヨが北の山へ向かうので麓のハインドという街に行くのだと伝えると、主人は北の山についての話をしてくれた。
「ハインドから北の山か・・・。なら、精神安定の薬を多めに買い込んでおいた方がいいよ」
「精神安定の薬?」
「やっぱり知らないで向かうつもりだったのか。あそこはな、特別な光脈が流れる不思議な土地でな。何も知らないで入ると、自我を失っちまっていつの間にか外に出られなくなっちまうっていう、危険な場所なんだよ」
ケヴィンの話にはなかった新たな情報が更新された。シン達が越えようとしている北の山というのは、人が迷い込んでは行方不明になり、見つけたとしてもその土地の光脈に長らく当てられてしまった者は、山から出ることすら出来なくなってしまうという、曰く付きの山だったようだ。




