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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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世界線を超える記憶

 ジルと合流するという目的の他にも、今回の事件について当事者であるマティアス司祭から話が聞けるかもしれないと思っていたレオンは少し落胆した様子で、見当たらない司祭の所在について尋ねる。


「ジル、お前もここに来たという事は、何か思うところがあったからなんだろう?」


「お前もって事は、貴方達もって事かしら?」


 二人の表情を見て、自分と同じく記憶に何かしらの違和感を感じていたジルは、自宅で事件の事について聞いた後、詳しく知るであろうマティアス司祭の元を訪れたと語る。


 しかし結果は見ての通りで、グーゲル教会にマティアス司祭の姿はなかった。教会の人にマティアス司祭の所在を確認したところ、事件の件でまだ宮殿から帰っていないのだそうだ。


「それじゃみんなで宮殿へ行ってみようぜ。どうせ学校も暫くは休学になったんだ。有耶無耶な部分をはっきりさせておかねぇと、練習にも身が入らねぇだろ」


「カルロスの言う通りだな。俺もこのままってのは、今後の練習に響くと思う。身が入らないんじゃ成績に響きそうだしな。ジルはどうだ?」


「そうね、どの道宮殿へは行こうと思ってたし丁度いいかもね。先に言っておくけど、面倒ごとは御免だからね?」


 ジルがじとっとした視線をカルロスに向けると、そう言えばカルロスは学校でも何かと騒ぎを起こす生徒だった事を思い出したレオンも、ジルと同じ目で彼をみつめる。


「分かってるよ!俺もそこまで無茶はしねぇって!」


 早速教会で大きな声をあげるカルロスに、周囲の者達の視線が突き刺さる。慌てて周りに頭を下げるカルロスに不安しか無いレオンとジルだった。


 街の者達に公開されている事件の全貌はこうだ。


 式典が行われた日、その後のパーティーが行われた宮殿内にて最初の事件が起きる。翌日宮殿内には、ジークベルト大司教が何者かによって殺害されたという報告が届いたのだそうだ。


 それから数日の間、夜中に教団関係者が一人ずつ殺害されていくという連続殺人事件が起こる。宮殿側は犯人がまだ中に潜んでいる可能性を考慮して、内側と外側からの宮殿への出入りを全面的に封鎖。


 星は上がらなかったが、ジークベルト大司教と繋がりがあったとされている音楽家ベルヘルム・フルトヴェングラーが殺害された翌日、それまで完全犯罪をこなしていた犯人があっさりと捕まったのだという。


 犯人はレオン達の通う音楽学校の職員である、“ヨルダン・クリストフ・ベルツ”という人物だった。彼は特に目立つような人物ではなく、今回の事件で教団関係者でありながら唯一命を奪われなかったマティアス司祭とは、それなりに交流もあったという。


 学校内でもその様子は目撃されており、レオン達もよく彼らが一緒にいるところを日頃から目にしていた。それ故にマティアス司祭への事情聴取が長引いているのかもしれない。


 犯行の動機や手口に関しては公開されていない。犯人であるクリストフは殺害の方法については供述しており、現場検証の結果ともほぼ間違いはないとされている。


 クリストフの身柄に関しては、他に協力者がいないとも限らない為、宮殿内にて厳重に身柄を拘束されていて、面会も特別な許可でもない限り不可能となっているようだ。


 宮殿に到着したレオン達は、入り口で警備員にマティアス司祭の所在を尋ねる。どうやら彼はまだ宮殿内にいるようだ。今はクリストフとの関係性を洗う為、自宅の調査や仕事場である教会の調査が行われているらしい。


「マティアス司祭にお会いする事は出来ますか?」


 自分達が音楽学校の生徒である事や、式典とパーティーにも出席していた事などを話すと、マティアス司祭やクリストフの事を聞かせてもらう条件で合わせてもらえる事になった一行は、警備隊に連れられながら司祭のいる部屋へと案内された。


「ここで待っててくれるかな、直ぐに司祭様を連れてくるから」


「はい、ありがとうございます」


 意外にもあっさりと中に通された事に違和感を覚えつつも、三人は待っている間部屋の中で各々時間を潰し始める。


 間も無くして、ノックと共に扉が開かれ警備員と一緒にマティアス司祭がやって来た。


「君達・・・」


「司祭様、ご無事なようで何よりです」


「あっあぁ・・・そうだな、何故私だけ無事だったのか自分でもよく分からないよ」


 マティアス司祭は少し窶れているようにも感じた。目が泳いでいて、話す時も何処か別のところを見ていて、普段の落ち着いた様子の彼とはまるで別人のようだった。


 話はレオンとジルが主導で初め、マティアス司祭も彼らの問いに淡々と答えていく。大方予想通りの回答をまるでテンプレートのように答えていくマティアス司祭に、いよいよ彼らは心の違和感について彼に尋ねた。


「貴方はクリストフさんが捕まった事に、何か違和感を感じませんでしたか?」


「違和感?確かにそれまでの宮殿内の様子からも、妙にあっさりと犯人が捕まったなぁとは思ったが・・・」


「クリストフさんが音の能力を持っていた事に関しては?」


「いや、今回彼の供述を聞くまでそんな力が彼にあったなんて知らなかった。長い間一緒にいた筈なのだが、そんな素振りすら私には・・・。待てよ、そもそも私はいつから彼と親しく・・・」


「?」


 クリストフのことに関して考え始めたマティアス司祭は、仲の良かったはずの彼といつから交流を深めていったのかを思い出せずにいた。それこそいつの間にかよく会うようになっていたという、まるで突然湧いて出たかのような関係性に頭を悩ませていた。


「そう言えばよぉ、俺もクリストフさんがいつから学校の職員になってたのかとか、全く知らねぇんだけど・・・」


「言われてみれば確かに。彼はそもそもいつからアルバに・・・?」


 カルロスの問いに、レオンもジルもそもそもクリストフという人物の存在自体が曖昧で、いつから彼らの周りにいたのか、いつから目撃するようになったのか、はっきりとした記憶が存在しなかった。


「それによぉ、ここ数日の間もう一人俺達と一緒に誰か居たような気がすんだよなぁ・・・。お前らはどうよ?」


「もう一人誰か・・・?実は私も、私達の他に一緒に宮殿で何が起きているのかを調べてた生徒がいたような気がしていたの」


「俺達と一緒にいた誰か?・・・何か思い出せる事はないか?司祭様も、身の回りに俺達くらいの生徒がいた記憶とか・・・」


「君達と同じくらいの生徒さんかい?どうだろう・・・言われてみれば確かに居たような気がしないでもないが・・・ッ!?」


 レオン達の問いに、彼らと同じ年頃の生徒を何人か頭の中に思い浮かべていくマティアス司祭は、その記憶の中に一瞬だけ顔を覗かせた、見た事もない筈の生徒の顔が過ぎる。


 だがそれが誰なのか名前も他の記憶も、何一つ思い出す事は出来なかった。そんな人物をレオン達に説明する事も出来ず、マティアス司祭は自分の思い過ごしだろうと、その記憶に蓋をしてしまった。


 しかしそれこそ、別の世界線にて彼の親から面倒を見てくれと頼まれ、まるで我が子のように面倒を見てきた、“ヨルダン・クリストフ・バッハ”に他ならなかった。


 どうやら最も長い時間一緒に過ごしてきたマティアス司祭の記憶からは、彼の存在が完全に抹消される事はなかったようだ。


 それが失われた世界線のクリストフが残したものなのか、彼の能力が引き起こしたエラーなのかは分からない。だがそういったイレギュラーがありながら、それを修正しに来ないという事は、この世界において例えマティアス司祭が彼の事を思い出すことがあろうと、何も世界には影響がないと判断されたのかもしれない。


 クリストフ・バッハの前に現れたという黒いコートの人物。彼の能力はその人物から与えられたものであり、何かの実験として今回の事件は引き起こされた。


 そして彼らの記憶の違和感は、それだけではなかった。司祭と会うまでに聞いておこうと思っていた事をあらかた聞き終えたレオン達。


 面会の時間が迫る中、最後にカルロスが彼らが知ったところで特に何がある訳でもない質問をした。


「最後に質問いいスか?クリストフさんの動機ってのは何だったんですか?」


「おい、それを知ったところでなんになる?」


「いいんだよ!俺が知りたいの!で?動機は何だったんです?」


 これ以上マティアス司祭に訪ねる事もないかと、溜め息を吐きながらカルロスの質問に対して何と答えるのかに、耳を傾けるレオンとジル。すると彼の口から発せられたとある名前に、もう一つ違和感を覚える事になる。


「そうだねぇ、確かここアルバで最も有名な音楽家、“ヨハン・ゼバスティアン・バッハ”の遺物である楽譜が目的だったそうだが・・・」


「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ?あれ?そんな名前だったっけか?」


「はは、彼の一族は多く、同じ名前の者もいたそうだから混同してしまうのも無理もない。実際多くの知識を学ぶ君達だからこそ、色んなバッハと間違えて・・・」


 マティアス司祭がカルロスの記憶違いをフォローしている間、口にはしなかったがレオンとジルもまた、彼と同じようにこの世界に広く伝わる音楽の父バッハの名前に、聞き馴染みのない違和感を感じていた。

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