北を目指して
博物館を見て回った一行が、観光客の人の波に乗って出口から出て来る。ツクヨとアカリの手には、入る時には持っていなかった物が新たに荷物の仲間に加わっていた。
「で?どうだったのアカリ。貴方随分と楽しみにしてたみたいだけど」
みんなと見て回る事を楽しみにしていたアカリは、ミアの問いに嬉しそうな表情を浮かべながら答えた。
「うん、とっても良かったわ!森のお祭りの時とは違って、静かに芸術を嗜むのも新鮮で良い思い出になったわ。ミアさんはどうだったの?」
「アタシ?そうね、たまにはこういう風にのんびりするのも悪くないかなって思ったよ。それに貴方の言う通りだったね」
「え?」
するとミアは、アカリの目線に合わせて身を屈めると、ヒソヒソと何かを耳打ちしていた。
「みんなと一緒にって奴。ツクヨとツバキには言わないようにね」
二人の内緒といった様子で笑みを浮かべるミアとアカリを、何を企んでいるんだといった表情で見つめるツバキ。お土産のスペースで何かを買った様子のツクヨに、何を買ったのかと手荷物に視線を移しながらシンが尋ねる。
「これかい?これは妻と娘へのお土産。再開した時のために、いろんなところをみんなと回ったんだって自慢するんだ」
「じゃぁその時まで大事にしまっておかないとな」
「うん、後でツバキとアカリのいないところで、しまっておくよ」
WoFの世界でも、魔法によって荷物を別の空間へしまったり、転送するという方法はある。だがシン達ユーザーのように、魔力を一切使わずシステムの仕様でアイテムを収納する様は、この世界の住人達にとって少し奇妙に映るかもしれない。
変な疑いを掛けられぬよう、シン達もツバキとアカリの前では気をつけているようだ。
博物館を出て暫く歩いていると、ツバキが次の目的地となる“北の山”について、どんな所なのかと想像を膨らませる。
「なぁ、次は北の山ってのを越えるんだろ?山越えってのはどのくらいかかるものなんだ?」
「山越えはもう少し先だな。少し前に行商人や馬車の運営を調べてみたが、アルバから一直線に山越えをする一行はないみたいだぞ?」
「じゃぁどうやって山を越えるんだ?地上の事はよくわかんねぇな」
ミアの調べによると、北への道中でアルバの街よりも少し広い街がもう一つあるそうだ。一旦そこまで向かった後に、再度そこから山越えをする行商人や馬車を探す事になるだろうと彼女は語る。
「山の前にそれなりの道中があるって訳ね。でも意外だなぁ、ミアが先にそんな事を調べてくれていたなんて」
どうやらミアは、シン達と合流する前の酒場で、居合わせた客から色々と情報収集していたようだ。彼女の集めた情報によると、アルバの北に“ハインド”と呼ばれる街があるのだと言う。
アルバよりも広い土地を有してはいるが、人の多さや賑わいで言えばアルバの方が圧倒的なのだと言う。近くに有名な観光地があれば仕方のない事だが、それでも山を越えようとする行商人達や旅の一行にとっては憩いの場ともなっているらしい。
「ふ〜ん。次の街は寂れてるんだな」
「まぁ良い事じゃないの。憩いの場なんて言われてるんだから、今度は温泉とか旅館とかあったりしないかなぁ?」
「まぁ、祭りやら観光やらで忙しかったから。次は休息パートって感じになれば、俺も助かるんだが・・・」
シンの言葉にミアが視線を送る。ゆっくりできる街であれば、シンは現実世界に戻り、白獅に貰ったアイテムが無くなったと言うことを報告しに行ける。その為にもシンは休息が欲しかったのだ。
「何だよ、ジジくさい事言って。もう身体にガタが来ちまったのか?」
「お前は疲れてないのか?ツバキ」
そう言って辺りを見渡すシンの視界には、連日の騒動に加えリナムルからの騒ぎに、今日の観光と殆どゆっくり過ごす時間が取れなかったのも事実。特に笑顔こそ見せてはいるものの、アカリの疲労は確実に蓄積されている事だろう。
だがそれを見ても自分は平気だという毅然な態度を見せるツバキには、そっと耳打ちをするツクヨが疲労を見せず健気な姿を保とうとするアカリの事を告げる。
流石のツバキも、それを言われてまで引き下がらないほど分からず屋ではなかった。納得した様子で、次の街では休息を取ろうという意見に賛成の色を見せるツバキは、それならそのハインドと言う街までの歩みについて尋ねる。
するとミアは、アルバからハインドまでの馬車なら頻繁に出ていると言う情報を開示する。既に酒場の時点で時間を調べていたという彼女は、バッハ博物館を見て回った後の時間を想定し、幾つか候補となる出発の時間を口にしていく。
「ある程度、余裕がある方がいいよね?バタバタしてると何か忘れそうだし」
「どうする?それなら一旦、馬車の所にでも向かって、ちょうど良い時間帯を待って出発するでいいか?」
「そうしよう。二人もそれでいいか?」
シンがツバキとアカリに問い掛けると、二人もミアやツクヨと同様に彼らの決定に従うと言った。馬車の運営をしている店に辿り着くと、既に何人もの冒険者や旅の者達であろう人々が集まっていた。
一行が到着した後も、ハインド行きの馬車は幾つか出発していたが、当初の予定通り荷物の確認ややり残した事はないかと最終チェックを済ませた一行は、その日の夕暮れ時にハインド行きの馬車に乗り、音楽の街アルバの地を出発して行った。




