危険な潜入方法
何故アークシティを恨む者達がいるのか。ケヴィンはその最先端の技術力の裏に、多くの犠牲と実験の歴史が積み重ねられて来たのだという事をシンに伝えた。
無論、彼から語られた事はそうして生まれた悲劇のほんの一部でしか無いだろう。それでももし自分が同じ立場だったらと思うと、恨みや憎しみの感情を抱くのも頷ける。
そしてその相手は、一人で立ち向かうにはあまりに強大。それなら世界中で同じ思いをした者達が徒党を組み、対抗組織を築き上げるしか無い。そうして生まれたのが、ケヴィンの言う無法者達のグループという訳だ。
「そんな・・・生物燃料だって?命を何だと思ってるんだ」
「この研究がいつか我々の生活や未来を、もっと明るくするものであると信じている。或いは信じ込まされているのでしょう。確かにそんな彼らの思いや多くの犠牲が無ければ、“今”という世界線は存在しなかった訳ですし、全てを否定できるかと言われれば難しいですが・・・」
「それでも命を燃料にするなんて間違ってる」
「あぁ・・・。それに俺は託されちまったしな」
「託される?」
ツバキの溢した言葉にシンが問い掛ける。そこでシンはオルレラでの一件の詳しい話を聞かされ、自分がいない間の出来事を知る事となった。
「そんな事が・・・」
「アークシティに近づけば近づく程、こういった事件や研究の事を知る事になるだろう。だが目的を見誤るなよ?アタシらは何も復讐の為にアークシティを目指してるんじゃない。それにツバキ、お前に託したオスカーって奴も、何もお前に危険な事をしてまで託したかったんじゃない筈だ」
「分かってるよ、んな事は・・・。それに直接言われたし」
「何にせよ、私としても皆さんが命を落とすというのは、気分の良いものではありませんから無茶はしないで下さい。どんな時でも、冷静さを失ってはいけませんからね」
そう言ったケヴィンの表情は、まるで自分に言い聞かせているのではないかと思わせる影を含んでいた。今回の件は彼にも堪えるものがあったのだ。その教訓を一行にも伝えておきたかったのだろう。
「そう言えばケヴィンのあのカメラもその時に?」
「えぇ、そうです。調査の役に立つものはないかと相談したら、とても器用な開発者が居るとかで、老舗のアンティークショップを紹介してもらったんですよ」
「老舗?最新鋭の技術力のあるアークシティで老舗って、何か矛盾してないか?」
「お店自体が古くからあるだけで、技術力に関しては見た事もないようなものばかりでしたよ?中でも驚いたのは、AI技術を用いた人型のアンドロイドでした」
「ッ!?」
彼が老舗で見せてもらったという、まだ商品として発表する前の試作品として見せてもらったもの。それはシン達の現実世界にもまだ無いような技術の話だったのだ。
そんなものがこの世界で生み出されているのなら、既にその技術力は現実世界の更に未来の技術力となっているのではないか。と、一瞬思った三人だったが、こちらの世界には現実世界にはない“魔力”という、その名の通り魔法のようなエネルギーがある。
ファンタジーを彩る要素として必要不可欠な要素である魔力が、その技術力を実現させている可能性が高い。何より発明と聴いて、目を輝かせていた人物がシン達の他にいた。
「おいおい!そりゃ本当かぁ!?そんじゃぁアークシティに着いた際には、是非ともその老舗とやらに寄らせてもらわねぇとな!」
「お、発明と聞いて対抗心でも燃やしちゃったのかい?」
「それも無い訳じゃねぇけど、単純な好奇心さ。AI技術に関しては、俺も興味はあったが学ぶ機会がなくてな。まぁ船なんか作ってりゃそりゃぁ接点のないもんなのかも知れねぇが・・・」
しかし、最新鋭の兵器として海賊のヘンリー・エイヴリーの船には、電磁力の原理で弾を撃ち出すレールガンというものが搭載されていた。だがそれは、エイヴリー自身のクラス、クラフターの能力による力もあっただろう。
故に純粋な技術力という点では、ツバキの言うところの邪道になるのかも知れない。それに船にはAI技術というものは採用されていなかった。ウィリアムがそれを知らなかったのか、或いは知っていながら用いらなかったのかは分からない。
「ウィリアムさんはAI技術について知らなかったの?」
ツクヨの問いに、長年一緒に暮らしてきたツバキは過去の彼の様子を思い返す。明確にAI技術についての話をしたという事は覚えていないが、それでもウィリアムの信念のようなものは、よく聞かされていたと答える。
技術っていうのは自分で使ってなんぼ。自動で何でもかんでも動いてくれるのは便利だが、自分でそれを扱うからこそ、そこにはロマンがあり生きてるって事にも繋がる。
扱う者によって様々な姿を見せる船に、ウィリアムはロマンを感じていたのだろう。
「まぁ、確かに全部が全部自動化しちゃったら、人間ってなんだ?ってなるかも?」
「私もそのウィリアムさんという方の意見に賛成ですね。自分で扱うからこその技術力です。技術力に使われていては、それは飼われる家畜も同然ではないでしょうか」
一行が技術力による新しい未来の話をしていると、まるで自分が責められているように感じたツバキが声を大きくして反論する。
「違うっての!俺が興味あんのは、そのアンドロイドの方だって!自立して自分で判断して動くAI・・・それはもう一種の生命体とは思わねか?」
「既にある生命体が、新しい別の生命体を作るって?あんまり実感の湧かない話だが、どちらにせよそれもアークシティに入れたらの話だ。ケヴィン、他に可能性のある話はないのか?」
ミアに話を振られ悩む素振りを見せるケヴィン。すると何かを思い出すかのように別の噂話を始める。それは一行が嫌悪感を抱いている生物実験をする部門とは別の、兵器開発をする部門の研究者が、新たな試みをし始めているとの噂話を一行に話した。
「あくまで噂の域を出ない話ですが、武器開発をしている地区の権力者が、強い者を集めて開く武闘会があるとかないとか。どうやらその研究には強い個体が必要だとかで、参加には身分も種族も関係ないって・・・」
「要はよくある無差別級の闘技大会って事か?」
「えぇ。そしてその大会には勿論、主催者であるアークシティの権力者達も多くやって来るでしょう。そこで彼らの目に留まる活躍が出来れば或いは・・・」
向こう側が主催する大会であれば、シン達が指名手配される事もない。だがどちらにせよ危険な事には変わりない。ケヴィン曰く、その大会というのも、勝ち上がった者は何らかの研究に協力しなければならないのだという。
「胡散臭さはあるが、正攻法の潜入方法と・・・」
「指名手配の危険性のある強硬手段・・・」
「どっちもタダでは済みそうにないね・・・」
「最初にも言いましたが、あくまでそれらは急ぐ場合の手段です。気長に行くのであれば、何処かでアークシティの有識者と繋がる機会を待つのが得策でしょう」
ケヴィンの言うように、いつか来るかも知れない機会を待ち、地上で名声を上げるという方法もある。だがそれは、あくまで可能性を待ち続けるという、いつになるか分からない話だ。
異変の調査をやめ待ち続ければ、いつかは叶うかもしれない。しかしその時にはもう手遅れになっているかも知れない。こちらが止まっている間にも、黒いコートの人物達や、現実世界での状況は変わっていく。
最悪の場合、異世界へやって来たシン達は存在自体消されてしまうかも知れない。




