事情聴取、動機
動機に関しては、犯行にありがちな復讐だった。ジークベルト大司教は今の地位に着くまでに、裏で悪い取引や出世の為の工作を行っていた。クリストフはそれをルーカス司祭の書斎にあった手紙などの書物などから調べたのだそうだ。
しかしルーカス司祭は、ジークベルトの調査結果を誰にも明かすことなく、一人で調べ上げ解決しようとしていた。それは誰かを巻き込みたくなかったという彼の意思からなるものだったのだが、クリストフはそれをジークベルトの悪事を抹消しようとしているのだと勘違いして、ルーカス司祭を殺害したのだという。
その資料の中には、教団の者達の他に別の人物とも個人的に取引していたと記されていた。それが音楽家のベルヘルムだったようだ。実際、彼はジークベルトに秘蔵の茶葉と月光写譜を手渡していた。
謂わゆる裏取引というものだ。表向きはジークベルトがベルヘルムの持ち込んだ茶葉を気に入り、個人的に仕入れるという交渉をしていたが、実際はその希少価値から高額で取引されていた月光写譜が目的だった。
しかしこれも、こうなるようクリストフが仕組んだ事に過ぎなかったのだ。クリストフはアルバの教団の拠点で使っている伝書鳩を利用し、ジークベルトにベルヘルムが月光写譜を持っている情報が入るようにし向け、取引の現場として宮殿でのパーティーを用意した。
彼の狙い通り二人は取引を成立させ、貴重な品ある月光写譜はジークベルトの手に渡る。そしてアルバに大金と引き換えに月光写譜が渡る算段が成される前にジークベルト大司教を殺害。
隠蔽の為、ジークベルト大司教と繋がりのあるベルヘルムも殺害し、今回の宮殿で起きた犯行は幕を閉じる。犯人として挙げられる前に宮殿を去るつもりだったようだが、そこを警備隊と教団の護衛に取り押さえられ今に至る。
「復讐・・・ですか。動機としてはありがちですが、人の心や意思というものは強い思いに引かれれがちで、負の感情もまた人を動かす大きな動力源となります。それは他人には計り知れない事で、犯行が証明された以上、彼の動機には納得せざるを得ませんね」
「復讐か。他人事だから動機としては弱く感じるかも知れないが、本人からすればそれしか手段が無かった、道が無かったんだろうな・・・」
犯行に至った動機や行動は分かった。警備隊らの供述とも違いは見られない。彼は嘘をついてなどいない。それは直接聴取を行ったからこそ、事前の調査内容とも照らし合わせ変えようのない事実である事が分かった。
続いて犯行内容の聴取は半ば形式的なものとなった。これはクリストフが行った罪状とその手口を読み上げ、間違いないかと問うものだった。これもクリストフは全て認めており、言い逃れるようなつもりもないらしい。
そして最後にケヴィンとシンが気になっていた能力の確認へと移る。場所を移しての検証となる為、一行はその場を離れ近くの部屋に設けられた、広く何もない部屋に彼を連れて行き、その奇怪な能力を実際にやってみせるよう指示する。
特殊な手錠に繋がれ、殆どの魔力を押さえつけられている状態のクリストフは、弱々しい様子で手のひらを上に向け両手を重ねると、その手元からシャボン玉が現れ始めた。
「これはッ・・・!?」
「えぇ、正しくアルバの街にもあった“音の出るシャボン玉”のようですね」
指示に従いそれを割って見せると、その瞬間に僅かな音楽が流れた。目の前でやって見せられて、漸く警備隊や護衛隊から聞かされた事が事実であるのだと確信した。
検証を行った部屋では、魔力を機械で測り分かりやすく数値で測定出来る設備が整っていた。しかしその数値は、普段から空気中に存在する魔力分の数値しか出ていないのだと、測定している者は語る。
そして個人が感知できるパッシブスキルやクラススキル、そして本人の感知スキルを用いても反応は変わらなかった。つまりクリストフの生み出す音のシャボン玉は、アルバの街に滞留する魔力と何ら変わらないという訳だ。
これでは犯行に気付ける筈などない。だが、その音の出るシャボン玉で如何にしてターゲットを殺害したのか。
それに関してクリストフは、数日前に行われた式典でとある仕掛けを施したのだという。それこそシン達がこの世界線とは別のクリストフ、音楽学校の生徒で月光写譜に込められた特異な能力の後継者である筈だったヨルダン・クリストフ・バッハが使用した、特定の曲を聴いた者の体内にシャボン玉と同じく音や振動、衝撃を込められる気泡を作り出すというものだった。
それは普段の生活には支障がないらしく、術者から特定の距離を離れる、或いは特定の期間を過ぎると自動的に解除されるものだと彼は語った。
「その特定の曲とやらを流すと、標的が発作を起こし突発性の心不全として死ぬ・・・という訳ですか」
「そんなのッ!そんなの防ぎようがないじゃないか!それじゃぁ俺達の心臓にもその気泡が?」
能力の詳細を聞かされた、今も尚命の危機にあるのではないかと慌て出すシンに、クリストフは落ち着いた様子で首を横に振り、既に能力は解除したと答える。元から関係のない者達は巻き込まないようにしていたらしい。
彼の能力は遠隔から的確に狙った相手だけを仕留める事が出来るらしい。何とも都合の良いように聞こえるが、現に彼が殺したのは復讐の対象とその関係者達だけであり、他に関係のない者達を巻き込むような事は起きていない。
「証拠も残さず気取られる事もない・・・。そんな都合の良い能力を持ちながら貴方はこうして捕まった。それは何故です?」
「何故でしょうね。ただ言える事は、目的を達成した私の中には全てがどうでも良くなる程の達成感と充実感があった。それだけです・・・」
「そんな・・・そんな身勝手な理由で・・・」
ケヴィンの握る拳が、行き場のない鬱憤を表しているかのようにフルフルと震えている。彼はクリストフの起こした事件に苛立っているのではない。彼が苛立っていたのは、推理したところでどうしようもない犯行が実際に行われた事にだった。
当然、クリストフの犯行を止める事が出来なかったのは彼の責任ではない。そもそも誰にも突き止める事も、解き明かす事も出来ない事件だったのだ。その理不尽さにケヴィンは苛立っていたのだろう。




