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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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共感覚的比喩

 これまでシン達を苦しめてきた、音楽による強制的な肉体の強化。本質的にはバフと言われる強化なのだが、制御出来ない肉体の強化は身体に負担やデメリットでしかない。


 しかしクリストフの側から聞こえた音楽を耳にしても、今のシンには影響はなかった。一度目の接近の時と違い、クリストフが聞いていた音楽の音量が妙に小さくなっていた。


 もしかしたら聞こえていなかったのかも知れない。見ていたシャボン玉も、最初に振動していたものと同じだとしたら、シンのただの思い込みという事になる。


 だがそれでもシンは、音量の違いと別のシャボン玉が振動していたのではないかと睨み始めた。持てる投擲武器をふんだんに使い、シンはその違いを見極める事に力を注いだ。


 依然としてクリストフは、流れるような無駄の無い動きでシンの攻撃をいなしていく。攻撃が命中したのなら、それはそれで構わない。目的を悟られない為にも、攻撃の手を緩める事は出来ない。


 激しい攻防の中で接近の機会を伺っては、床に撃ち落とされた刃を拾い上げる、カモフラージュの近接戦を繰り広げる。


「貴方は“共感覚”というものをご存知ですか?」


「?」


 突如口を開き、シンに語り始めるクリストフ。どうやら彼もシンと刃を交える事によって、より鮮明にシンの能力について感じ始めたようだ。彼は影を使い戦闘を有利に進める。


 目に見えない不可思議な現象は、その影を用いた仕業であり、マジックのように何処かにネタが仕込まれている。彼らは自ずと戦いの中で、相手の種明かしをしようとしていた。


 そしていち早くその対策を思いついたのはクリストフの方だったという訳だ。


 彼の言う“共感覚”とは、音を色で捉えたり感覚で捉えたり、本来聴覚で感じるものを別の感覚で感じる事を言うようだ。正確には、本来異なる感覚器官に関する言葉で結びつける表現を、共感覚的比喩と呼ぶ。


 音楽に季節感を感じたり、暖かさや甘さを感じるのも共感覚と言えるだろう。それは本来個々に持つ感覚の違い故に、他者にはなかなか理解されないものだ。幽霊や超常現象の類と似ているだろうが、より多くの生物にそれは発見される。


 色と音の関係性は、実際の色彩学でも用いられている表現だ。より具体的な表現法として、色の調子を“トーン”と表現したり、良い配色を“ハーモニー”などと表現するのを見たり聞いたりした事はないだろうか。


 クリストフがシンに語ったのは、そんな音と色に関する共感覚の話だった。


「共感覚とは本来、個々に感じるものであって別の生物同士でそれを共有する事はとても難しい事だそうです」


「何を言っている・・・?」


「要するに、俺の感じている音楽の感覚を人に伝えるのは不可能に近いと言う事です。勿論、俺が例外的にそうだと言っているのではなく、誰であっても同じだと言う事です」


「音楽家としての悩みの話か?」


「ふふ、遠からずとも近からずと言ったところでしょうか。俺はね・・・ずっと悩んで来ました。どうしたらみんなに理解してもらえるのか。どうしたらこの思いを伝えられるのか・・・。こんな事をしなくても理解してもらえるんじゃないかって、思ってた時期もありました」


「・・・・・」


 人に自分というものを理解して貰えないという事は、シンにとってもよく分かる話だった。家族関係にしろ職場の人間関係にしろ、本当の自分を理解して貰えていないという時点で、受験や面接で赤の他人に自分を理解して貰おうというのが無理な話なのかも知れない。


 動揺を誘う作戦なのかも知れないが、彼の言葉はそれこそ防ぎ切れない音の振動のように、シンの耳の中へと深く浸透していった。


「でも、この力を授かってから俺の人生は色鮮やかなハーモニーに包まれ、失われていたトーンはその濃淡をより鮮明にした!要は生き甲斐を得たんですよ。腐ってなす術も無い世の中の理不尽に押し潰されそうになっていた俺は、息を吹き返した・・・。俺だけの人生じゃないと力が湧いた・・・。人は孤立すると堕ちていくものだとよく分かった」


 彼は現実世界のシンよりもだいぶ若い内にして、彼と同じような苦しみを味わってきたようだ。少年期の二人の腐り方はよく似ている。いや、先祖の問題を抱えている分、クリストフの方が辛かったのかも知れない。


「音は俺にとって自己表現の極み・・・。それこそ感情や思いだけじゃなく、“感覚”すら伝える事が出来るんだ。それがさっき言った”共感覚“・・・こんな風にねッ!!」


 クリストフがパチンと指を鳴らす。するとシンの見ている礼拝堂の景色が色彩豊かな光景へと変貌する。そこには黒や灰色など、陰鬱や澱みなどネガティブな印象を受ける色が存在せず、なんとシンの強力な武器であった”影“すらも無くなっていた。

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