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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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音と影

 月光写譜を完走する事がクリストフの目的。それが達成される事で、例えシンとの戦闘で敗北しようとも、消滅する前であれば実質的にクリストフの勝利が確定する。


 つまり、クリストフの勝利条件はシンを消滅させるか、演奏を完走させる事となる。それに引き換えシンの勝利条件は、単純にクリストフの消滅のみとなる。


 条件が一つに次点で不利にも感じられるが、実際はクリストフだけでも消滅させられれば、彼が使役しているアンナ達は自ずとこの世界に留まれなくなり消えていく事になる。


 クリストフは条件が二つあるが故に戦略的な戦い方ができ、シンはクリストフだけを狙えばいいという単純な勝利条件という事で、目標が絞れるという点ではシンの方が戦闘に集中出来るだろう。


「わ・・・私は傍観者でいよう。どの道、私に戦闘能力はない・・・。君達の勝敗に託すとするよ」


 マティアス司祭は二人から距離を取り、礼拝堂の隅へ移動して勝敗の行方を見守ることとなった。勝利条件にマティアス司祭の生死は関係ない。だが、クリストフの動揺を誘うのであれば、シンにとって彼の使い道は確かに存在する。


 しかしそれではまるで、人質を取る悪役と何ら変わらない。だが自分や仲間達の命が掛かっているともなれば、手段を選んでなどいられない。僅かながら、側から見ればみっともない手段に出る悪役の気持ちが分かった様な気がしたシンだった。


 ただ今だけは、クリストフを倒し彼らを取り巻く異変の真実を知る為、全力で迎え撃つ事に精魂を注ぐべきだろう。演奏の時間もある為、のんびりともしていられないシンは、早速クリストフへの攻撃を始める。


 戦闘体勢のまま向き合う二人。すると、クリストフの近くにあった椅子の影から黒いものが床を走り、クリストフの影を捕える。動き出す前から既に戦いは始まっていたのだ。


 シンが踏み込むと同時に動き出す二人。しかし実際に動けたのはシンだけだった。クリストフは気持ちこそ前のめりになるも、身体がそれに付いてこず動きが一瞬止まる。


「ッ!?」


 視線を床に移したクリストフが見たのは、自分の影に幾つもの影が繋がれているという光景だった。


「小癪な真似をッ・・・!」


 クリストフの頭の周りに飛ぶ音のシャボン玉の一つが光だし、小刻みに震え出す。すると彼にだけ聞こえる様な音で、ヘヴィメタル風にアレンジされたバッハの曲が流れ出した。


 音楽の力で自己強化をしたクリストフは、そのツバキと変わらぬ小さな身体には似つかわしくない力で、シンの影による拘束を引き千切り動き出す。


 既に目の前まで近づき、床を滑らす様に剣先を低く構えたシンの短剣がクリストフの顔面を狙い振り上げられる。影の拘束から解放されたクリストフは、それを紙一重のところで躱すと、カウンターで彼に渾身の拳を腹部へとお見舞いする。


 しかしクリストフの拳は実体を捉える事はなく、空を切るように空振りした。目を見開いて驚くクリストフの背後に、静かに息を殺したシンが現れ手にした短剣を彼の背中に突き立てる。


 だがクリストフもまた、シンにはない便利な能力によって彼の一撃を受け止めていた。シンが突き立てた剣先は、クリストフの背中の衣服こそ貫いているものの、その身体に突き刺さる事はなかった。


 まるで金属のように固い何かが、身体に突き刺さるのを拒んでいる。異様な光景に思わず手元を確認するシンに、クリストフの裏拳が襲い掛かる。こちらもそれを辛うじて躱すと、一旦距離を置く為に後退する。


「随分と奇妙な身体をしているな・・・。何かのスキルか?」


「曲によるものですよ。俺は音楽を聴く事で、己の肉体強化や精神状態の維持をしている。今の俺は黒鉄のように強固で強烈なパワーを得ているッ!」


 クリストフは体勢を低くし、強化された指先を床に突き刺すと、地面ごと床を捲り上げてシンの方へと押し倒すように瓦礫の壁を倒した。互いの姿がクリストフの持ち上げた地面により遮られる。


 シンがこれを迂回して避けるには、礼拝堂の横幅はやや狭い。壁の向こう側で拳に力を溜めたクリストフは、その怪力で持ち上げた地面の壁を粉々に打ち砕き、向こう側へと弾丸の様な瓦礫の弾を散弾銃のように撃ち放つ。


「また消えた・・・?」


 壁が打ち砕かれ、向こう側の視界が開けるも、何処を探してもシンの姿は見当たらなかった。また不意打ちを仕掛けて来るのだろうと考えたクリストフは、頭の周りで音楽を奏でるシャボン玉を切り替える。


 今度は別のシャボン玉が振動し始めると、クリストフは目を閉じて落ち着いた様子のまま、瓦礫が飛び散る中で立ち尽くした。


 あからさまな隙を見せるクリストフに警戒心を強めたシンは、接近攻撃をやめて投擲用の武器へと切り替える。そして素早く移動しながら、なるべく色んな角度、色んな方向から攻撃を仕掛ける為、投擲武器の幾つかにワイヤーを仕掛けた。


 すると、やはりクリストフはシンの攻撃に対する対策を講じていた様で、流れるような身のこなしで彼の投擲を見事に躱していく。強靭な肉体になっていたと思っていたシンには予想外の展開だったが、作戦に変更はなくクリストフの躱した幾つかの短剣やナイフはワイヤーによって起動を変え、絡み合うように包囲網を展開する。


 その場で避けた時点でクリストフの逃げ場は失われていた。周囲に展開されるワイヤーが、退路を断ちながらクリストフへと近づく。


 だが彼は地面に落ちたシンの投擲武器を何本か拾い上げると、真っ直ぐ歩きながらその投擲武器を投げ始める。すると投擲武器がワイヤーの軌道を変えて、クリストフが抜け出す道を作り出していた。


「なッ・・・!?未来視でもしているのか!?」


 見事なまでの脱出を果たしたクリストフは、今度はそのワイヤーを拾い上げると、絡まる別のワイヤーの軌道を操り、全く同じ包囲網をシンへと跳ね返してきた。


「未来視なんてものじゃない。空気と風の流れを読んで予測し、回避不可能なものは振動で跳ね除ける。ただそれだけ・・・」


 先程とは別の能力の解説。ここで初めてシンは、クリストフの頭の周りにあるシャボン玉の役割について気付き始めた。よく見ると、先程まで振動していたシャボン玉とは違うシャボン玉が僅かに光り、振動している。


 それを見極める事が出来れば、クリストフが今どの状態変化にあるのかが分かるのではないか。だがその変化を見極めるのは容易な事ではなかった。何しろ彼の周りにあるシャボン玉は、ただでさえ視認しづらく、殆ど見た目上の違いなど無かったからだ。


 ただ先程までの強化状態とは別の位置のシャボン玉が振動していた。それぐらいの変化でしか見極めることが出来なかったが、もう一つだけシンにも分かる違いがあった。


 それはクリストフに接近した際の、音の違いだった。

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