学生の宣戦布告
「何故貴方がここに?確かオイゲンさんやケヴィンらと一緒に屋上へ向かった筈では・・・?」
「えぇ、その予定だったのですが途中で襲撃を受けまして、私とクリストフだけが彼らから別れてしまい別行動を取ることになったんです」
マティアス司祭とクリストフはオイゲンら屋上へ向かう組と別れた後、宮殿の内部構造に知識のある事を活かし、ベルンハルトに対抗する為のチェンバロを探しに向かったのだそうだ。
それ以来消息を絶っていた二人だったが、途中でマティアス司祭はクリストフによって気絶させられてしまい、今の今までに眠っていたようだ。
「貴方は彼の計画について知っていたのか?」
「いえ、全てを知ったのはつい先程です。宮殿へは何度も来たことがあったので、建築の段階で作られていた隠し通路などを知っていたので、今まで無事で済んだのだと思っていましたが・・・」
マティアス司祭は途中で口を噤むと、顔をクリストフの方へと向ける。
「私など向こうの世界へ送る価値もないと思ったのか?それとも、お前の事をよく知る私はジークベルト大司教やルーカス司祭と同じように、始末するつもりだったのか?答えてくれ、クリストフ」
「・・・・・」
彼の問いにクリストフは、暫く何かを考えているかのように黙っていた。その時の彼は唇を噛み締めているようにも見えた。それがどんな感情によるものなのか、きっと本人とマティアスのように深い仲でなければ理解することなど出来なかったのだろう。
「貴方には関係のない事だ。どうせここでの会話や記憶は向こうへは引き継げない。俺の目的を知ったところで何になる・・・」
目を合わせようとしないクリストフに、マティアスは声を荒立てて叱る。それは彼の教師であり育ての親であるが故の、彼なりの最期の教育だったのかも知れない。
「目的など聞きたいのではないッ!!私はお前の気持ちを知りたいのだ!例え一時の記憶であろうと、お前の本当の気持ちを知りたいんだ。クリストフ・・・私はお前のことを、本当に我が子のように思っていたよ・・・」
「ッ・・・!?」
マティアスの言葉にクリストフは顔を上げた。
「私のこの感情は、独り善がりのものだったのかい?身勝手な私の行いが、本当はお前を苦しめていたのだとしたら、私はお前に謝りたいんだ・・・。ずっと聞くのが怖かった・・・。私はお前の親代わりになれていたか?」
「・・・うっうるさい!黙れ黙れッ!!アンタも一緒だ!他の奴らと同じ、間違った歴史を信じ奴を本当のバッハだと崇める連中と何も変わらないッ!俺を育ててきただぁ!?ふざけるなッ!俺はアンタが利用できると思って一緒にいただけだッ!!親だなんて思ったことなど・・・ないッ!」
感情的に思いの丈をマティアスにぶつけるクリストフ。部外者であるシンには、クリストフが本当の気持ちを押し殺しているようにも感じたが、真っ直ぐ彼と向き合おうとしたマティアスには、クリストフの言葉がショックだったようだ。
「そうか・・・私は親にはなれなかったか・・・」
そう言った後にマティアス司祭は小さく笑っていた。本当の人の親にもなった事のない自分が親代わりなど、初めからできる筈がなかったのだと、少し悲しげに語った。
「これ以上アンタに話す事はない。世話になったせめてもの礼だと、丁重に送ってやるつもりだったが、ここまでやって来たとなれば話は別だ・・・」
クリストフの周りに、目に見えて魔力が集まる。渦を巻くように集まった魔力に、彼の服はたなびき周囲に風が巻き起こる。マティアスに下がるよう声を掛けるシン。だが呆然とした様子の彼はその場に立ち尽くしたまま動かない。
仕方がなく礼拝堂にまきおこる風に目を細めながらマティアスの腕を引っ張り、後方へと引っ張っていく。するとクリストフの側に幾つかの魔力で形が成されていくと、姿を現したのは彼が使役していたであろうバッハ一族の三人だった。
アンナとベルンハルトは、シン達が到着した時から既に居たので分かるが、屋上にいる筈のアンブロジウスまで礼拝堂に姿を現したのだ。という事は、屋上の戦いに決着が着いてしまったのかと焦りの表情を浮かべるシン。
だとすれば、屋上に行ったミア屋ニノンも少なくとも無事では済まない事になる。ツクヨやツバキらだけでなく、遂にミアまでも同じように苦しい思いや怖い思いをさせられたのかと思うと、シンの中にはこのままクリストフの思惑通りになってやるという気は無くなっていた。
何か一矢報いてやる為に何が出来るのかと考え始めたシン。だが戦力的にも、三人の霊体に黒幕であるクリストフまで一人で相手にするなど、到底出来る事ではないのは言うまでもない事だ。
「安心して下さい。彼らはあくまで月光写譜の演奏の為に呼んだだけに過ぎません。戦うのは俺だけですから。ただ・・・」
集まっていた魔力が三人の霊体を召喚すると、宙に舞う残りの魔力がクリストフの周りに集約されていき、シンが連れ去った黒い人物と同じように、音のシャボン玉を頭の周りに衛生のように出現させる。
「俺をただの学生だとは思わない事ですね。さっきの黒い奴、アレは俺の一部から作られたモノに過ぎないんですから・・・」




