教団の盾と音の衝撃
しかしミアの仕掛けの方は、シルフのように凝ったものではなくもっと単純なものだった。シルフが作り出した風の球体に自身の魔力を乗せ、魔弾の装填と射出時に二ノンへ合図が送られるようになっていた。
「ただ見ていただけではなかったって事ね。抜け目ないわね・・・」
「ついでだ、ついで。自動で援護する何て便利なものを使うなら、こっちの援護射撃の合図もより分かりやすくした方が良いと思ったまでだ」
効率化を図ったミアの作戦は見事にハマり、その後の戦闘は二ノンの攻撃を邪魔する事なく、スムーズな援護射撃が行われ着実にアンブロジウスの魔力を削いでいた。
他の戦場とは違い、宮殿の屋上には黒い人物の姿が現れなかった。時間としてはそれなりに経過していた筈なのだが、アンブロジウスは黒い靄の援護を受けつつミア達の猛攻を凌ぎ持ち堪えていた。
屋上の戦いが膠着状態を迎えている間、礼拝堂でも大きな動きが起きていた。
宮殿入り口と司令室での戦いを終え、戦力を集中し始めていた黒い人物とバッハの一族の霊体達。そこへ合流したのは、教団の騎士隊長であるオイゲンと、WoFの世界ではそれなりに有名だという、探偵のケヴィン。
そして彼らと行動を共にしていた音楽学校の学生カルロス。今となっては楽器を演奏できる人物は、彼しか残っていない。戦場にいる意味は大きく、三対一という不利な状況において月光写譜を奪い取れるかは難しいところだが、戦況を変えられるかもしれない力を持っている。
彼らの目的とその思惑を聞き出していたケヴィンだが、時間稼ぎも限界を迎えようとしていた。黒い人物はアンナとベルンハルトを従え、今にもオイゲンらを消しに掛かろうとしていた。
「時間稼ぎはこの辺でいいですか?こちらの目的はもう分かって頂けたと思いますが・・・」
これ以上は無理だと判断したオイゲンがケヴィンに歩み寄り、相手に聞こえぬよう耳打ちをする。
「もう十分だ、下がっていろ」
「・・・すみません、あまりお力になれず・・・」
「ここからは俺の私の・・・俺の出番だ。カルロスを頼む」
ケヴィンの肩に手を乗せ、前へと出たオイゲンは魔力により作り出した甲冑を身に纏い、特徴的な大きな盾を構え黒い人物達の前へと立ちはだかる。
ベルンハルトの司令室襲撃の際に、彼らとの戦い方は熟知しているオイゲン。戦闘体勢に入った彼に対し、黒い人物はアンナとベルンハルトに合図を出す。
先ずはお手並み拝見と、二人に戦闘を任せて黒い人物自身はまだ戦闘には参加しなかった。宙を飛びオイゲンへ向かって接近するアンナとベルンハルト。それをオイゲンは、魔力を纏った盾を突き出し弾き返した。
実際の盾よりもだいぶ前に張られた魔力の盾に押し出され、僅かに後退した二人は左右に分かれてオイゲンを挟み撃ちにする。巻き込まれないように、カルロスを連れてその場を離れるケヴィン。
その際に黒い人物の方を確認すると、何処を見ているかは分からないが、その頭は二人の方をしっかりと見ているようだった。逃すつもりはないらしい。このままカルロスを連れ、礼拝堂を離れようとすれば大人しくしている黒い人物も動き出すだろう。
余計なことをしてオイゲンの手間を増やさせる訳にもいかず、ケヴィンとカルロスは彼らの戦いを見守る事しか出来なかった。
袖から複数の弦を放つベルンハルト、そして反対側から迫るアンナは声を発して超音波のように空気を震わせる。アンナの声により振動を受けたベルンハルトの弦が不規則に動き周り、オイゲンを取り囲むように襲い掛かる。
それをオイゲンは、周囲を取り囲む半円状のシールドを張って受け止めるが、そのシールドは僅かに歪みを見せていた。
「むッ・・・!?」
自身のスキルに違和感を感じたオイゲンは、シールドの範囲内から飛び出すように移動し、向かって来る弦を剣で弾きながら場所を変える。どうやら彼のスキルに影響を与えていたのは、アンナの声だったようだ。
司令室の監視カメラでアンナの戦闘を見ていたオイゲンだったが、映像だけではアンナの攻撃方法というのは分かりづらかった。実際に相手をしてみて、漸くアンドレイの護衛達が苦戦していた理由を理解した。
「なるほど、通りで彼らが苦戦していた訳だ。・・・しかしこんな中でよくあそこまで戦えていたものだな」
アンナの声をそのまま盾で押し退けるオイゲン。跳ね返された超音波を迂回して回避したアンナは、再びベルンハルトの差し向ける弦に向けて声を発する。
オイゲンによって弾かれた弦は消滅しその数を減らしたが、弾き返された弦やアンナの超音波を避けながら、床や天井からと様々な方向から弦を生み出し、オイゲンへ向けて射出するベルンハルトの猛攻は、一人で捌き切るにはやはり無理があった。
床から飛び出してきた弦がオイゲンの身体に繋がれる。その瞬間、ベルンハルトは鍵盤を出現させ、指を流すように音を奏でる。その音は弦を伝わりオイゲンの身体を直接攻撃した。
「ぐッ・・・!」
「マズイぜ、隊長さん押され始めてないか!?」
「元々一人でも相手をするのが難しい相手です。それを二人まとめて相手にしているのですから、いずれこうなる事は予想出来ていましたが・・・」
何も出来ずただ見守ることしか出来ない状況に歯痒さを感じるケヴィンとカルロス。周囲を見渡し何か自分達にも出来ないかと探していると、礼拝堂のパイプオルガンに目を付けたケヴィンが、あれを使って演奏出来ないかとカルロスに問う。
「いや、出来ない事はないが・・・」
「楽譜ですよね?彼らが集まっているという事は、必ず月光写譜もある筈です。それを見つけられれば・・・」
黒い人物らの目的には、月光写譜の存在が必要不可欠らしい。この礼拝堂に集まっているという事は、必ず月光写譜を持ち込んでいる筈。何とかしてそれを見つけ出し、カルロスに演奏させる事ができれば、アンナとベルンハルトを抑え込む事が出来るかも知れない。




