仕掛け返し
演奏をしながら避ける一方だったアンブロジウスは、黒い靄の発する音楽によって好戦的になり、退避した二ノンを追い始めた。素早い動きの二ノンにも引けを取らず、何とか食らいついている。
「くッ・・・以前よりも戦いづらい。手を抜いていたとでもいうのか!?」
「・・・・・」
依然として黙ったままのアンブロジウスは、二ノンが得意とする近接戦闘の範囲の外から、次々に弦を放ちヴァイオリンの音でその弦を自在に操る。彼女が攻撃出来ない中、アンブロジウスが一方的に攻撃を仕掛けるという構図が出来上がっていた。
「マズイな・・・。二ノンの奴、押されている。だがあれだけ動き回られたら、あの風のホールもただの進路妨害くらいの役にしか・・・ん?」
急に大人しくなるシルフの様子が気になったミアが、何かを考えている様子の彼女に話を振る。何か妙案でもあるかと尋ねると、彼女は相手が用いてきた仕掛けを利用出来ないかと提案してきた。
「仕掛けを利用する・・・?」
「そう、あなた達の体内に仕掛けられてたアレ。お相手さんはアレを音に反応して連動する仕掛けとして用いていたけど、アレに似たものを守りに活用できないかなと思ったの」
「守りに?二ノンの体内にもう一度何かを仕込もうとしているのか?」
「まさか。そんな手の込んだことをしなくても、私の場合身体に纏わせることで可能よ。だって私は風の精霊だもの」
そういう彼女は、その手の中に小さな風の球体を作り出した。透明だが目に見えて分かる風の動き。それが渦を巻くように、シルフの手の上で球体を作り出している。
「要はあの黒い靄と同じよ。彼女にこの風の球体を衛生として装備させるの。そしてこの風は、彼女に差し向けられる音の攻撃から身を守ってくれるという訳」
「バリアみたいなもんか?」
「簡単に言うとそんな感じ。でも私にはこれを彼女の元へ飛ばす力はないから・・・ミア、貴方の銃で弾丸に乗せるのよ」
「それは構わないが、どうやって二ノンに付与するつもりだ?まさか弾丸ごと二ノンに撃ち込め何て事は・・・」
するとシルフはイタズラな笑みを浮かべながら、ミアの予想にその通りと言わんばかりに頷いて見せた。正気かと問うと、シルフは着弾前に自身のスキルを起動して、魔弾自体は彼女に命中しないようにすると口にした。
イマイチ信用ならない彼女だが、これまで期待に応え続けてきているのも事実。気は引けるが、ミアは銃に魔弾を込めると、アンブロジウスと攻防を繰り広げる二ノンに狙いを定める。
そして二ノンが相手の攻撃に追い詰められているところ目掛け引き金を引いた。突然の銃声に二ノンも驚いていたが、魔弾は二ノンに近づいた瞬間にシルフの魔力を解き放つと、外装の弾丸部分を別の方向へ大きく弾き飛ばし、中身の風の球体が二ノンの頭の周りを衛生のように回り始める。
「これはッ・・・!?」
全く説明を受けていない二ノンには、何が何だか分からなかったが、そんな彼女らの思惑など意に介せず襲いかかるアンブロジウス。再び無数の弦を放ち、戸惑う二ノンにヴァイオリンの演奏で操る弦を四方八方から差し向ける。
隙を突かれてしまった二ノンは、全ては避けられぬという覚悟の元、致命傷にななり得る弦だけを瞬時に見極め、光を纏った拳で弾いていく。そして受けざるを得ないと諦めていた弦が二ノンの身体に突き刺さろうとした瞬間、彼女の頭の周りに飛び回っていた風の球体をが、その中に溜め込んだ風を放ち弦を弾き飛ばしたのだ。
「ッ!?私を守った?・・・そうか、だからミアは私に攻撃を・・・。なるほど、これならッ・・・!」
相手の攻撃を自動で防いでくれるのならと、二ノンはここぞとばかりにアンブロジウスを攻め始めた。ヴァイオリンの弓や蹴りなどといった直接的な攻撃は自ら防ぎ、弦の攻撃はシルフの風の球体が防ぐ。
手が届く範囲の超至近距離での戦いであれば、やはり身体能力の高い二ノンに軍配が上がるようで、形勢は一気に逆転した。
「良かった、上手くいったようね。・・・でもあれだけ近い距離で戦われたら、貴方の出番も無さそうね」
銃撃は下手をすれば仲間を傷つけ兼ねない援護手段。いくら狙撃手に腕があっても、標的の側で動く者の動きによって結果が大きく異なる。シルフの言う通り、今は二ノンの武術とシルフの守りに任せているしかない状況で、ミアはそんなシルフの発言を一蹴する。
「ふふ、そんな事はない。私は私の好きなように銃を撃つ。彼女に弾は当たらない・・・」
「どうしてそんな事が言えるの?」
理由を問うシルフに、ミアは徐に銃口を二ノンと戦うアンブロジウスへ向ける。そして何の躊躇いもなく引き金を引くと、彼女の銃声に合わせて、まるで撃つタイミングが分かっていたかのように僅かに距離をとる二ノン。
アンブロジウスが銃弾を弾くと、その隙を突いて二ノンが攻撃を当てる。命中した部位から黒い煙が後方へ噴き出す。どういう訳か、ミアの銃撃に合わせて連動するように二ノンが動くのだ。
そのカラクリは、二ノンの側で飛んでいるシルフの風の球体にあった。




