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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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最悪の選択肢

 弦が張り巡らされる中にツクヨの姿がある。しかしシンのいる場所からでは、彼が弦に囚われてしまっているのかどうか確認が出来ない。その先で力を貯めるように身構えていたアンナが、叫びにも似た声を発する。


「なッ・・・!!」


 咄嗟に耳を覆うシン。アンナの声は目に見えて周囲の空気を震わせている。そしてその音の振動は、広場に張り巡らされた弦を伝い、壁や床などあちらこちらで小さな爆発のような衝撃を与えている。


 僅かに片目を開けて周囲の状況を確認すると、先程見ていたツクヨの方とは離れた位置にいたアカリとジルの姿を確認する事が出来た。しかし、ジルの治療を行っていたアカリの身体にも、音の衝撃を伝える弦が繋がれていた。


「あっ・・・アカリ・・・?」


 動かないアカリの姿に、時が止まったかのように呼吸を忘れ、その反応を待つことしか出来なかった。だが彼女はシンの望む反応をする事はなく、ガクリと肩と首を落とし、横たわるジルに覆い被さるようにして倒れてしまう。


「アカリッ!!・・・クッ・・・!?」


 駆けつけようとするシンだったが、丁度その時、アンナの攻撃にも動きがあったのだ。張り巡らされた弦は、一度アンナの声の振動を伝えると、そのまま星屑のように消えたのだが、何かを追うように次々に弦が床や壁、柱など至る所から生えてくる。


 その弦の追う先に視線を送ると、そこには立て直したツクヨが素早い動きで敵の注意を集めていた。シンのいる場所から遠ざかる様に移動するツクヨだったが、アンナの作り出す弦の包囲網に苦戦していた。


 布都御魂剣による創造の景色を駆使して宙を駆け巡るも、弦が一本また一本と彼の身体に刺さる度に、アンナの声の振動が直にツクヨの体内に伝わる。当然、身体の中で異物が動いたかの様な痛みに苦悶の表情を浮かべるツクヨだったが、それでも足を止める事はない。


「何故だ・・・何故耐えられる!?音の衝撃は彼の心臓へ届いているはず・・・」


 黒い人物は、普段ならその時点で消滅している筈の攻撃を受けても尚、立ち止まらないツクヨに衝撃を受けている。彼はシンによってツクヨの中から気泡が取り除かれている事を知らない。


 第一その様な仕掛けに気付ける人間などいないと思い込んでいた様だ。実際、気泡を使った攻撃を受けた者は直ぐに消滅する、或いは瀕死の状態に陥る事から、今のツクヨのような状況に陥った事などなかったのだ。


「これでは本当に死んでしまうぞ・・・。直に俺がやるしか・・・」


 黒い人物がブツブツと独り言を言い始める。今なら彼に致命傷を負わせる一撃を与えられるかもしれない。ツクヨには逃げろと言われたが、仲間の危機に立ち去れないのはシンも同じだった。


 柱の陰から静かに武器を構えるシン。だがその時、意外な人物が広場にやって来た。広場で行われていた激しい戦闘の最中でも、辛うじて無事だった扉が開き、一人の少年が声を上げる。


「ハァ・・・ハァ・・・。ジルッ・・・!!」


「あれは確か・・・クリス!?何故彼がここにッ・・・!?」


 クリスは一目散に、床に倒れるジルの元へと向かう。彼女に重なるように倒れたアカリは、ツバキや紅葉らと同様に塵となって消えていった。


 彼の登場に動揺したのは、猛攻を耐え凌ぐツクヨも同じだった。だがその中でも一切反応することのなかったアンナは、動きの鈍るツクヨの隙を突き、一気に無数の弦を差し向ける。


 そして遂にツクヨも蜘蛛の巣のように、次々に張り巡らされる弦に絡め取られ、動きを止めてしまう。


「くッ・・・!」


 事態は急展開を迎え、黒い人物へ奇襲を仕掛けようとしていたシンだったが、ツクヨを救助に向かうのが先か、クリスとジルを非難させるべきか、或いは黒い人物を止めるのが先か。


 目の前に差し出される選択肢の数々に、何が最善の行動なのかという意識を生み出され、行動を制限されてしまう。だがここでシンは、ツクヨの体内にいた時の彼の言葉を思い出していた。


 バレないようにここから逃げろ。


 何かを掴んでいた様子のツクヨが、シンに逃げろと言った。それは即ち、今ここにある戦力だけでは、この状況を乗り切る事が出来ないと判断したのだろう。


 仲間を見殺しにし、助けられる筈の命を捨て置き自分だけ隠れて逃げる。選択肢としては、考え得る選択肢の中でも最悪の選択肢。例えそれで生き残ったとしても、その後訪れる後味の悪さや罪悪感、何も出来なかった自分に対する嫌悪感は計り知れないだろう。


 だが今からツクヨの救助に向かっても、間に合う可能性は低い。それに今の状態でアンナと黒い人物の魔の手から、クリスとジルを救い出せるとは到底思えない。


 確かに望みを賭けるのなら、全てを手放しシンだけが逃げる。これが先に繋がる唯一の選択肢となる。


 それに思い至った時、シンの心臓はまるで締め付けられるように痛み出した。今から最低な選択肢を選ぶ自分を必死に肯定しようとするもの、どう考えても後悔の念に押し潰される未来しか見えない。


 思わず膝をつきそうになるシンに、囚われたツクヨが最後の後押しをしてくれた。


 アンナの弦に絡め取られたツクヨは、身動きの取れないままその場で固定され、何か良からぬ企みを画策している様子の黒い人物が彼の元へと向かう。そして黒い人物がツクヨの前に到着した時、ツクヨは残されるシンに向けたメッセージを口にする。


「覚悟は出来ている・・・」


「安心して下さい。ここからはちゃんと苦しむ事なく、送ってあげますから・・・」


「コレが最善だと、私“も”信じているから・・・」


「・・・?」


 目の前の黒い人物には、ツクヨの最後の言葉の意味が分からなかったようだ。だがそんなものはもう関係ないと言わんばかりに、黒い人物の伸ばした腕がツクヨの胸へと飲み込まれるように刺さっていくと、徐々にツクヨの身体は黒く変色していき、塵へと変わっていった。

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