無数の霊体の正体
近接戦には慣れていないであろうアンナは、ツクヨの思惑通り飛び散る斬撃に手を焼いていた。辛うじて致命傷は避けてはいるようだが、全てを防ぐ切る事は出来なかったようで、身体のあちこちを掠めていった斬撃は、彼女の身体を形成している魔力を削り取り、黒い塵が舞っていた。
「アンナさん!バフはもう大丈夫です。ここからは貴方も攻撃に参加して下さい」
「作戦は敵の前で口にするものじゃないよ?」
今度は黒い人物の方へと攻撃を仕掛けるツクヨ。だが黒い人物も既に何度もツクヨの太刀筋を見てきたが故に、そう易々とは捉えられなくなっていた。
「聞かれても問題のない作戦ならどうです」
「何・・・?」
すると黒い人物は、距離のあるアンナに直接言葉で指示を出した。標的は柱の陰に隠れているシンの本体。黒い人物の指示で可能な限りの謎の人物を召喚させると、人海戦術という力技に出た。
「数で押し切る気か!?マズイ!流石にこの数は捌き切れないぞ!」
急ぎシンの元へと向かう謎の人物達を、リナムルで作ってもらった不思議な力を持つ刀で迎え撃つ。刃に悍ましいオーラを溢れさせ、全力に一振りを霊体の群れに放つ。
黒い人物も警戒した、ツクヨの生み出すそのオーラに当てられた謎の人物達は、みるみるその数を減らしたが、辛うじて生き残った者達がシンのいる柱にまで到達する。
「シンッ!!」
「人の心配をしてる場合ですか?」
仲間を狙う者達に気を引かれている内に、ツクヨの直ぐ側には黒い人物とアンナが近づいていた。そして黒い人物が身を屈めると、アンナは手を伸ばして袖の中から蜘蛛の糸のように楽器に使われる弦を放つ。
咄嗟にそれを弾こうと、禍々しいオーラを纏う刀を振るう。オーラに触れた弦はたちまち燃え上がり、炭のようになって消滅していく。それを黙って見ていた黒い人物は、彼らが召喚する謎の人物達の正体について口にしたのだ。
「貴方達が倒しているそれらが、一体何者なのか・・・。考えた事はありますか?」
「・・・何を言っている?」
「我々が使役する彼らは、召喚士のクラスのように魔力があれば無尽蔵に呼び出せるモノじゃない。際限のあるもの・・・要するに呼び出すのには限りがあります」
突然語り出した謎の人物達に関する情報が、果たして本当の事なのか、或いはツクヨを動揺させる為のものなのか。どちらにせよ、それを聞かされたツクヨは黒い人物の思惑通り、僅かに動揺を見せる事になる。
「彼らはただの霊体じゃない・・・。“この世界”で消滅した、現実の目覚めを待つ者達・・・アルバに住む人々やこの宮殿で消えた者達の霊魂なんですよ」
「ッ!?」
ツクヨの脳裏に真っ先に過ったのは、目の前で救うことの出来なかったツバキや紅葉、そしてプラチドの存在だった。謎の人物達はマントのような衣と仮面で素顔を見る事はできない。
だが戦っているツクヨには、彼らが妙に人間らしい気配であった事が、今にして思えば確かにあった。一度それがアルバの人々の霊魂だと認識させられてしまうと、これまで何気なく振るっていられた攻撃の手が僅かに鈍る。
「くッ・・・!だがそれでは矛盾しないか!?貴方が言っている事が本当に正しいのなら、私達が消えるのは死ぬ訳ではない筈。しかし彼らの霊魂を召喚し使い捨てるのなら、それは死んでいる事になるんじゃないか!?」
「・・・貴方は随分と察しがいい・・・。そう、私には彼らに生きていてもらわなければならない。死なれては目的が果たせないからです」
「目的・・・?確か本当に歴史がどうとか言っていましたね」
「そう、本当の歴史・・・謂わゆる正史を取り戻す事こそ、俺の・・・本当の“バッハ一族”の祈願なんだッ・・・!」
黒い人物の会話に気を逸らされ、それまで視界の中にいたアンナの姿が見当たらなくなっていた。それに気が付き、探し始めた時には既に彼女はツクヨの直ぐ背後にまで接近していた。
丁度その頃、ツクヨの体内に影と共に意識を送り込んだシンは、彼の心臓部付近に同じような気泡が仕込まれているのを発見する。
「やっと見つけた!これでツクヨが音に苦しめられる事も・・・」
シンは影を通してツクヨの中にある気泡を、ツクヨ自身の身体の外にある床に映る影へと送り込む。僅かな痛みと共に、床にツクヨの中に仕込まれていた気泡と彼の血液が漏れる。
しかしタイミングが悪く、シンが身体の外に排出させた気泡と血液の上に、攻撃を回避しようとしたツクヨが着地する。気泡自体は問題なかったのだが、己の血液で足を滑らせてしまったツクヨは、バランスを崩しアンナの手に掴まれそうになっていた。
「ツクヨ!異物は排除したぞ!これでッ・・・」
影のゲートをツクヨの髪の影に繋げ言葉を伝えるシン。だが彼がツクヨの体内で気泡の摘出を行っている間に、事態は芳しくない方向へと向かっていたようだ。
「ありがとう、シン・・・。でも君はこのまま、彼らにバレないように逃げるんだ・・・!」
「どうした!?何を言っている?今戻るからもう少しだけ持ち堪えてッ・・・」
「よせ!もう・・・手遅れだよ・・・」
ツクヨの言葉には力がない。声の中から微かに苦痛を我慢しているようにも取れる反応が伺える。急ぎツクヨの身体から離れ、自分の身体に意識を戻したシンが、恐る恐る柱の陰から状況を覗き見る。
するとそこには、至る所に繋がれた音を伝達する弦が、広場一帯に蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。




