対談
人の命が富裕層の者達の娯楽に使われると言った話はよく聞く話だ。それが嘘か本当かは分からないが、世界にはそう言った催し物があるという。そしてグラン・ヴァーグで行われているフォリーキャナルレースも、その類のもので間違い無いだろう。
普通に考えれば人に命のやり取りをさせる競技など認められたものでは無い。況して賭け事の対象にするなど持っての他だ。だが、世界にはのっぴきならない理由で命を賭ける他ない者達が居るのも事実。
普通に働いて稼ぐことが叶わぬ者、何も出来ることがなく命を差し出す他ない者、出逢いに恵まれず孤立した者、国を追われる者。理由は様々だが、そういった者達が一獲千金で人生を新たにスタートさせるため賭けられる唯一のものが“命”だ。どうせこのまま死んでいくのなら、一か八かの賭けにその身を捧げて命の灯火を燃え上がらせる。
そして有り余る財力で、そういった者達の命の灯火を観戦して楽しむ者達は、賞金や珍しい賞品、財宝などで人を集め、勝った者、生き残った者に再起の機会を与える。楽しむ者は欲を満たす有意義な時間に金を出し、戦う者は恵まれない人生を立て直すため命を出す。そこには需要と供給があり、その中で生きる者達にとってはなくてはならない存在になっている為、決して無くなることはないのかもしれない。
「貴方達は?レースに参加されるのですか?」
「あぁ・・・えっと・・・」
ハオランの質問に言葉を詰まらせたシンは、ミアとツクヨに視線を送ると、どうしたものかと助けを求める。ツバキの一件を話していいものかどうかの同意を求めているの察する二人は首を縦に振り、シンの喉に詰まった言葉を吐き出させる。
シン達よりもこの町やレース関係者に顔が利くであろうハオランに話をすれば、もしかしたら少人数でレースに参加しようとしている人物を探してくれるかもしれないと思って話を進める。
「実はレースに出てくれないかと頼まれていまして・・・、我々には参加する理由はないんですけど、その人には恩があるというか・・・。ちょっと無碍にはできないお願い事なんですよ。貴方の知り合いにどなたか、少人数でのレース参加をしようと考えてる人とかいませんか?その人の作った船でエントリーして頂ければたすかるのですが・・・」
ツバキに頼まれたレース出場のこと、そして彼の船でエントリーすることをハオランに伝えると、彼は腕を組んで顎に指を添える。心当たりのある人物でも探してくれているのだろうか、悩んだ様子で
「そうですか、そういった事情が・・・。しかし参加する理由がないのであれば、あなた方はそのお願い事からは降りた方がいいですね。命あってこその恩返しです、その方の船でレースに出て命を落とすようなことがあれば、それこそその方の迷惑になってしまいますよ。その方の悪い噂が広がり兼ねません」
ハオランの言う通りだろう。やはり無理してまでレースに出ることは得策ではない。ツバキには悪いが別の形で恩を返すことにしようと、一行は同じ意見で同意した。
「少人数で参加するチームの心当たりですが、申し訳ないのですがこの場で返事を返すことはできません。あの方に聞いてみないことには・・・」
「失礼ですが、貴方のエントリーは?前回は一人で出られたと聞きましたが・・・」
町で聞いた彼の噂では、一人で何人もの賞金首の頭を船に積んでゴールしたというホラーの様な話を聞いていたシンは、彼ならばツバキの船を使いこなせるのではないかと考えた。
小型船で小回りも利き、更にそこから一人乗りのジェットボードのような乗り物が積んである。普通の船でそれだけの戦果が挙げられたのならば、船のスペシャリストであるツバキと組めば、更なる戦力アップになること間違い無いだろう。
しかし、意外にもシンのその質問に、笑いながら即答するハオラン。
「あぁ、ごめんなさい。私は一人で動いた方が都合がいいんですよ。それに私にチームプレイは向いていないので」
それがどう言う意味なのか彼らには分からなかったが、それ以上の詮索はしない事にした。恐らく彼も話す気は無いだろう。もしかしたら、そこに彼の強みがあるのかもしれないのだから。
「私の話ばかりではつまらないのではないでしょか?是非、皆さんのこともお聞かせ願えませんか?」
一方的に自分のことを聞かれるのもいい気はしないだろう。彼の言うことも一理ある。三人はそれぞれ話しても不信がられないよう、慎重に話す話題を選んでいく。シンとミアは昨日の酒場でキングというギャングに聖都での話を探られ肝を冷やした。ここで同じ鉄を踏まないよう注意しなければ、彼を敵に回しかねない。そんな事態はなるべく避けたい。
聖都のことについて、あまり触れないよう道中の旅の話をハオランにすると、彼は予想以上に喜んでくれた。シン達の冒険の話を聞く彼は、その場面を想像しながら自分を投影させているかのように没入している。その様子は確かに楽しそうに見えていたが、何処か彼の中に寂しさを感じさせるものもあった。




