極東の国の物語
嘗て、極東の国と呼ばれた島国には、八つの首を持つ大蛇がいたとされている。これを人々は八岐大蛇と呼んでいた。
その国に伝わる神話で、神々が住むと言われている高原、高天原にいた神スサノオノミコトはその気性の荒さ故に問題を起こし、神々の地である高天原を追放されたという。
彼が降り立った東の国で出雲の国という場所がある。そこは先程にも記した八岐大蛇が襲来する土地として、その怒りを鎮めるために生贄を捧げる風習があった。
八岐大蛇などという忌み名から来たものか、その身体が谷八つと山八つを合わせた程の大きさのある怪物だとされている。木々の生えた大地の様な身体に腹は生贄に食らった巫女達の血で禍々しいほど赤黒く爛れていたそうだ。
スサノオノミコトは、そこで出会った老夫婦の娘であるクシナダヒメを嫁に貰うという条件で、八岐大蛇退治を引き受ける事になる。だが、そのクシナダヒメもまた、その八岐大蛇に捧げられる生贄の巫女だったのだ。
八岐大蛇にクシナダヒメを生贄に捧げられるのを阻止する為、スサノオノミコトはその土地で作られる、何度も繰り返し醸造した強い酒として古文書にも記される八塩折の酒を大量に用意させる。
やがて生贄となる巫女を食いにやって来た八岐大蛇が、その八塩折の酒を飲み干し酔っ払って寝てしまう。その隙を突いたスサノオノミコトによって、八岐大蛇は特徴的でもあるその八つの頭と尻尾を斬り刻み、見事出雲の国を襲う災厄を討ち払ったとされている。
その時、八岐大蛇の尻尾の中にスサノオノミコトの剣を弾き、欠けさせる程の強度を誇る何かが見つかる。彼がそれを切り開いて見てみたところ、そこから現れたのは、何とも禍々しく妖しい剣が見つかった。
スサノオノミコトは遣いを高天原へ送り、東の国に伝わる皇祖神として知られる天照大神へとコレを献上したとされている。
その時献上された剣こそ“草薙剣”、或いは”天叢雲剣“と言われた。
精錬された騎士の様な太刀筋と出立のツクヨには似つかわしくない程の、禍々しいオーラを放つその刀は、恐らく本体ではない霊体と似た黒い人物の身体に確かなダメージを与えていた。
紙一重のところで避けていた黒い人物だが、ツクヨがその刀を振い始めてからというものの、その刃が纏うオーラにも判定が存在し、斬撃とは別に外傷とは異なるダメージが黒い人物を差し向ける本体へも届いていた。
「安全だと思ってたのに・・・。この力にも欠点があるのか?一刻も早く対処しなきゃならないのは、この人だったか・・・やむを得ない、楽譜の力で本来の能力を引き出しつつある”彼女“の力も借りなければ」
すると黒い人物は、シンと戦っているアンナに何らかの合図を送ると、彼女の使う能力であるスピーカーの召喚と、そこから放たれる音の衝撃波を弾丸のように撃ち放つ装置を次々に生み出し、手数を増やして一気呵成に攻め立てる。
「これはッ・・・!?確かアンナさんの能力だったはず・・・。彼も使えるのか!?」
「彼らを使役しているのは俺だ。彼らの能力とは本来、俺の能力を分け与えたのは俺の力だ」
「分け与えた?」
「彼らは元々は音楽家ですよ?戦闘に使えるようなスキルなど持ち合わせていない。そこの彼女らと同じですよ」
そう言って黒い人物が顔を向けたのはアカリとジルの方だった。彼の言う”彼女ら“とは、ジル達音楽学校の生徒達の事だろう。彼らも戦闘出来る能力は無いが、音楽家としてバッハの残した特殊な遺物である月光写譜を見て、音楽に変える事ができる。
それは黒い人物の”音を力に変える“能力にも似ていた。故に音楽家である彼女らが戦場に現れるのは、黒い人物にとって都合が悪かったのだ。
「待てよ・・・アンナの力を借りた・・・?じゃぁシンはッ!?」
心配になりアンナと戦っている筈のシンへと顔を向けると、移り行く視界とは反対に何かが彼の視線の中を閃光のように横切っていった。宮殿入り口の広場、中央付近で戦っていた筈の場所にシンの姿はなく、再び光る何かがツクヨと黒い人物の方へと放たれる。
「ッ!?」
飛んで来た何かは黒い人物を次々に後ろへと飛び退かせた。
ツクヨが心配していたシンは、受けていた傷や疲労など感じさせないほど素早い動きで、ツクヨの援護もこなしていたのだ。




