この世界における消滅
アンナの差し向ける取り巻き達の猛攻と、彼女のソナーは正確にシンの居場所を突き止め、的確に回避の難しい攻撃を仕掛けてくる。
何とかツバキの開発したアンカーと影のスキルを駆使して逃げ回るも、いよいよ避け切れなくなったシンは、音の振動を弾丸のように飛ばすスピーカーの攻撃によって、撃墜されてしまう。
攻撃は直撃した訳ではなかったが、不慣れな空中戦にて足を掠めるように命中し、痛みでバランスを崩したシンが次のアンカーを撃ち込むのに失敗し、そのまま床に落下していった。
「おいおい・・・、あっちもヤバそうだぞ。ツクヨもあの調子だし、このままじゃぁ守れるモンも・・・」
宮殿入り口の戦闘を俯瞰して見ていたのが、教団の護衛隊に所属しているプラチドだった。
ツバキと紅葉の消失により我を失い猛攻を仕掛けるツクヨと、そのショックで泣き崩れるアカリは喋れなくなってしまったジルを抱えて、喉の回復に努めている。
状況としてはかなり不穏な展開となってきている。プラチド自身もツクヨの援護をしてはいるものの、二人の戦いにかえってツクヨの邪魔になってしまうのではないかというほど、壮絶な戦いをしていた。
黒い人物がやって来るまでは勝機も見えていたのだが、形勢は一気に逆転されてしまった。これだけ精密な動きに会話すら出来るとなると、やはり入り口に現れた黒い人物は本当に犯人そのものなのかもしれない。
プラチドとて、苦楽を共にして来た仲間達を何人も失っている。目の前で仲間を失ったツクヨの怒りは理解できる。その姿を見ることで、彼が自分の代わりに感情を吐き出してくれているようで、プラチド自身はかえって冷静でいられた。
「なるほど・・・。外堀から埋めていく方が、貴方を楽に送ってあげられそうだ」
「黙れッ!お前は“俺”が殺す!!」
温厚だった彼の口調はまるで別人のように変わり、喉を怒りで枯らした声は血が滲むように掠れていた。その様子は、プラチドであっても冷静に攻撃を避けられるであろう程直情的で、最早見ていられない様子だった。
すると、黒い人物が口にした不穏な発言、“外堀から埋める”という言葉を実行して来たのだ。
黒い人物は標的をアカリとジルに切り替えたのだ。ツクヨの大振りを避けると同時にその場を離れた彼は、瞬く間に床に泣き崩れるアカリの元へやって来る。
「やめろぉぉぉッ!!」
黒い人物がアカリの頭に手を伸ばす。近づく腕の影に気がついたアカリが、見上げるように振り返る。すると、彼女に忍び寄っていた魔の手を止めたのはプラチドだった。
「俺の大馬鹿モンが・・・。“いつも”みたいに逃げてりゃ良かったのによ・・・」
黒い人物にとっても、ツクヨは注意すべき人物になっていたようで、駆け付けていたプラチドの気配に気付かなかったようだ。だが黒い人物は慌てる様子すらない。彼にとってはプラチドなど、相手にならないとでも言うのだろうか。
「問題はない。先か後かになるだけの事・・・」
「へっ!じゃぁ俺が先に“送られても”いいよな?死ぬ訳じゃないんだろ?」
「・・・・・」
プラチドの言葉に黒い人物は、言葉を選んでいるかのように僅かに沈黙した。そして再度口を開いた彼は、教団関係者に限っては約束は出来ないとプラチドに伝えた。
どうやらまだ教団の中に、犯人の事を知っているかも知れない人物がいるかも知れないと言うのだ。彼の言う犯人を知っている人物の中にプラチドが含まれていたら、その命はジークベルト大司教やルーカス司祭と同様に始末しなければならないと。
「そうか・・・。なら、何も知らない事を祈るぜ・・・」
「せめて“今”だけは、安らかに眠れ・・・」
言葉を交わした後、黒い人物の腕を止めたプラチドの身体は、ツバキや紅葉らと同様に黒く変色していき、ボロボロと崩れていく。急ぎ駆けつけたツクヨの斬撃に、これを飛び退いて回避する黒い人物。
崩れ行く身体にバランスを崩したプラチドを受け止め、刀を床に突き刺して膝をつくツクヨ。自分が冷静さを失い、自分勝手に怒りを解き放ったが故に周りが見えなくなっていた事を実感した彼は、腕の中で徐々に消え行くプラチドに対して、何よりも先にこのような事態を招いてしまったことに謝罪のことばをかけた。
「ごめん・・・御免なさいプラチドさん。私は・・・」
「よせよ、俺が自分でした事だ。アンタは関係ない。それに“まだ”死んだ訳じゃない。いいか?よく聞いてくれよツクヨ」
消えてしまう前に我を取り戻したツクヨを見て、一先ず安心したプラチド。自分の命懸けの行動がプラスに働いたことに、敵の前に飛び込んだ行動が間違いではなかった事に安堵していたのだ。
そして黒い人物曰く、この“世界”から消え行く前に、順調に進んでいるであろう犯人の計画に一矢報いてやろうと、アドバイスを残そうとするプラチド。
「奴はアンタ達を殺すつもりはない。そのつもりなら宮殿中、血塗れになっている筈だろ?わざわざ殺さずに消しているのがその証拠だ」
根拠はない。だが今のツクヨにはそれで十分だった。我に戻ったとはいえ、まだ気が動転している彼を落ち着かせ、今後の行動に備えさせる為にも、確証のない偽りの言葉もまた重要な力となる。
「だからアンタの仲間達も死んじゃいない。アカリちゃんもジルも殺される事はない。これだけは覚えておいてくれよな」
「はい・・・はい!わかりました」
「それとアンタの仲間の一人が、向こうで苦戦している・・・。まぁ向こうの彼も死にはしないだろうが、彼らが連れて来たジルが何か鍵を握っているようだ。彼女の喉を潰したのも、何か不都合があるからだ。奴に一矢報いてやりたいのなら、ジルの声を取り戻してアンナから月光写譜とやらを奪い取れ。頼んだぞ、ツクヨ」
シン達が援軍として現れ、彼らが連れて来た音楽学校の生徒であるジル。戦えない彼女をわざわざ連れて来たと言う事は、何か重要な役割があるに違いない。
最後に黒い人物の言う“この世界”で消される事は、死ぬ訳ではない事。そしてジルを治して彼らの思惑を成就させる事が、この事態に何らかの変革を齎らす唯一の方法である事を伝え、プラチドはツクヨの腕の中から姿を消した。




