体内に仕込まれた違和感
二人が目の前で消えたことで悲鳴を上げるアカリ。それは宮殿入り口の広場に響き渡り、少し離れたところでアンナと戦っていたシンの元にも届いていた。
何事かと声のした方を振り返ると、一行が集まる場にツバキと紅葉の姿がなくなっていたのだ。さっきまでツクヨが戦っていた筈の人物がアカリとジルの元へと接近しており、それを遮るようにツクヨが立ちはだかっている。
「何だッ!?一体何がッ・・・!」
だが他所を心配している余裕があるのかと言わんばかりに、縦横無尽に宙を飛び回る取り巻きの謎の人物達に狙われるシン。ツバキの開発したアンカーフックを用いて、天井や柱をうまく使い、時には影を使って柱を通り抜けながら攻撃を躱し、アンナの隙を突いて攻撃を仕掛ける。
シンの神出鬼没な移動方法に翻弄され、アンナも彼の姿を捉えきれず苦戦しているようだった。しかしシンもアンナへ近づき過ぎると、式典の時に植え付けられたられた音の気泡を利用され、体内に痛みが走るという現象に見舞われていた。
故にシンの攻撃手段は、必然的に投擲による遠距離攻撃に絞られる。すると自ずと渾身の一撃の時に投げる道具を渋るようになり、限られた道具の中で何度ギリギリまで近付けるか分からないという状況を見極めなければならないという、難しい判断をしていたのだ。
「エンチャント武器なんて、そんな何本も持ち合わせちゃいねぇぞッ・・・」
アンナは捉えきれないシンの動きに戦闘方法を変え始めた。一度自分の元に取り巻き達を呼び戻すと、アンナは自分の歌声で生じる音の振動をソナーの様に使い出し、動き回るシンの動きを捉えると、僅かな振動の歪みを察知して向かってくる方向を予測し、取り巻きを差し向ける。
ワイヤーで滑るように宙を移動していたシンは、突然自分の動きに対応し始まる謎の人物らに、自由に飛び回れる訳でもないシンは、逆に対応し切れずに動きが雑になっていく。
その中でやはり攻撃の際に障害となるのが、アンナに近づくと生じる身体の痛みだった。取り巻きの攻撃を避ける為にとはいえ、意識せず接近してしまい上手くアンカーを打ち込むことが出来ず、広場の床に落ちてしまう。
「くッ・・・!何なんだ・・・コレ!?」
辛うじて攻撃を避けて転げ落ちたシンは、胸を押さえながら体勢を立て直す。原因が分からぬまま、再びアンナとその取り巻きをツクヨ達の方へ向かわせぬよう、柱にアンカーを突き刺しながら再び宙に舞い戻る。
宮殿の屋上で戦っているミアが体内に埋め込まれた気泡に気が付いたのは、精霊であるシルフの力が大きい。故に自力でその現象に気がつくこと自体が稀なのだろう。
現にそのような話は、他の現場でも起きていない。突然の体内の痛みに膝をつき、トドメを刺されるのが殆どだった。そしてそれを発動できるのは、ある程度力を与えられたバッハの一族の霊達だけ。
何かのスイッチでもあるかのように身体に異変が訪れていた事から、アンナが楽譜を取り出してからという可能性を導き出したシン。しかし月光写譜による能力だとしても、他の音の攻撃とは明らかに異質なソレに違和感を覚えた彼は、嘗てWoF内で戦ったとある戦闘と重なる部分があるのではないかと思い、比べ始めた。
それは海上レースで戦った、パイロットという特異なクラスに就いていた海賊、ロッシュ・ブラジリアーノという人物との戦いだった。彼は相手の意識の中に自分の意識を送り込むことで、相手の身体の一部を文字通り“操縦”することが出来た。
そこから着想を得てシンが新たに編み出したスキル、操縦する影と書いて”操影”を扱えるようになった。自身の影を相手に送り込み、相手を掌握して身体の自由を奪うという、ロッシュの能力を真似たものだ。
それが今回とどんな関係があるか。シンは自らそのスキルを自分自身の身体に送り込めば、何かしらの身体に起きている異変を見つけることが出来るのではないかと考えたのだ。
だがそれをこの激しい戦闘の最中に行うという事は、相手の前で無防備な姿を晒さなければならない。アンナとの戦闘中、ツクヨと黒い人物との会話を聞いていたシンは、犯人が殆どの人物を殺すつもりはないという事に一部に望みを賭け、シンはとある危険な賭けに出た。




