ベルンハルト戦、決着
ブルースとバルトロメオだけになり、手薄となった司令室に現れた真っ黒な靄に覆われた謎の人物。音楽家のベルンハルトらが呼び寄せる謎の人物達とは桁違いに強く、単純な武術でもブルースより強く、魔力の高いバルトロメオの攻撃をも凌ぐ。
「クソッ!何つぅ速さだッ・・・!全っ然捉えられねぇ!」
阿修羅の幻影を背後に携え、邪魔をするベルンハルトを狙いながら隙あらばブルースの援護を行う。広範囲に攻撃が可能なバルトロメオが暴れるだけで雑兵がみるみる消え去っていく。
しかし肝心の真っ黒な人物とベルンハルトは捕まえられずにいた。その間にもブルースは得意の身のこなしで辛うじて真っ黒な人物に食らいつき、何度も攻撃を仕掛ける。
近距離も衝撃波を用いた遠距離攻撃も織り交ぜ、持てる力を全てぶつけるも彼の素早い動きを捉えることが出来ない。しかし、宮殿入り口で同じ様な人物と対峙しているジルが気が付いたものと同じ音を、ブルースも彼の側から感じた。
「音・・・?音楽を聴いているのか?」
素早い足技の連続で、複数の衝撃波を生み出し黒い人物に撃ち放つと、飛ばした衝撃波と共に強引に接近するブルース。やはり彼が聞いた謎の音楽は、確かに黒い人物の側から聞こえていた。
「何の曲だ?妙にテンポの速い・・・」
すると、ブルースの反応を見た黒い人物が僅かに動きを止める。
「・・・イッテイ ノ ネンレイ ニハ キコエナイ サイク ヲ シタノニ・・・」
「年齢?モスキート音の事か?確かに音を操るのであれば周波数を変えて、ある程度の対象に分けて音を届けることも可能・・・という事か?」
「ニタヨウナ モノダ。 ソシテ コレハ オレダケ ノ・・・」
ブルースの問いに言葉を返した黒い人物は、彼以上に素早い動きで移動して視界から消えた。気配を感知することは出来ず、肉眼で視認する他ない相手との戦いの中で、視界から見失うということは次の一手は相手のタイミングで攻撃が出来るという大きなアドバンテージとなる。
わざわざ姿を消したということは、何か大きな攻撃をしようとしているのだろうと予測したブルースは、敵の仲間であるベルンハルトにターゲットを変え、接近戦を仕掛け始めた。
「ッ!?どうしたんだぁッ!?大将!急に戦略でも変えたのか!?」
「奴を見失った・・・」
「おいおい、こんな狭い部屋の中でか?でも、それとこれとでどんな関係が・・・」
「じっとしていては奴の恰好の的だ。それなら奴の仲間を隠れ蓑に使う」
素早い動きでベルンハルトを翻弄するブルース。黒い人物が何をしようとしているのかは分からないが、明らかに他の取り巻き達とは扱いの違うベルンハルトを盾に使えば、そう簡単には仕掛けられないのではと考えたのだ。
「あぁ〜、なるほど・・・。えッじゃぁ俺はッ!?」
「狙いは俺だろう。どれくらいの規模の攻撃を仕掛けてくるかは分からんが、衝撃には備えておけよ、バルト・・・」
ブルースに言われた通り、黒い人物の攻撃に備える為、四本の腕を防御体勢に切り替えると、ブルースに追われるベルンハルトの逃げ道を塞ぐ様に、青い炎を飛ばして援護するバルトロメオ。
二人の攻撃が次第にベルンハルトを追い詰め始めた頃、それは二人の想像を超える威力で襲い掛かる。何かの合図を受け取った様に、ベルンハルトは月光写譜を取り出して素早い動きで、鍵盤を踊るように指を走らせる。
するとその直後、彼を覆うように分かりやすいバリアのような光の障壁が張られる。突然防御体勢を取り始めたベルンハルトに、嫌な予感を感じたブルースがその場を飛び退きながら天井の方を見上げる。
そこには既に床に着地しそうになっている黒い人物の残像が残されていた。
「しまッ・・・!?」
いち早く攻撃を察して防御体勢に入っていたのが唯一の救いだったか、司令室の中央に拳を叩きつけた黒い人物。その様はまるでスローモーションになったかのように、ブルースには時の流れが遅く進んでいたことだろう。
せめてものまもりと、顔の前に両腕で壁を作るも、まるでそんなものは意味をなさないと言わんばかりの衝撃が、一瞬にして周囲のものを吹き飛ばしていく。衝撃に飲まれたバルトロメオの幻影は、蝋燭の火を吹き消すように容易く消滅して、彼とブルースの身体は激しく壁に打ち付けられた。
「なッ・・・んだよ、これ・・・!?」
凄まじい勢いで衝突したブルースは、一瞬器から魂が離れてしまい意識を失う。慌てて第三者目線で状況を確認した後に器へと戻ると、強度の落ちた足でふらふらと立ち上がる。
「何故・・・急にこんな力がッ・・・」
「オンガク ノ・・・、力ですよ」
「ッ!?」
「何ッ!?オメェはッ・・・!?」
不気味な声から人らしい声へと変わる。そして黒い靄に覆われていたその身体がゆっくりと露わになる。一切その素性が分からなかった黒い人物の正体は、誰もが予想だにしていなかった人物だった。
「曲を変えたんです。アップテンポな曲から、心臓を打ち鳴らすような“ドラム”や“ベース”の効いたヘビィメタルな曲に・・・」
「ドラム・・・?ベース・・・?何を言っている?」
「音楽ってもっと魂で聴くモノですよね。人は音楽でどんな人間にも変わることが出来る。・・・いや、どんな気持ちにもなれるって言った方が正しいですよね、ヴァルター・シュレジングァさん」
その者はブルースの嘗ての名前を知っていた。教団に手を差し伸べられて以降、その名前の男はこの世から姿を消した。以前の記録にこそ残っていようと、彼の魂が現在していることを知る人物は少ない筈。
つまりその人物もまた、ブルースやバルトロメオが世話になっていた教団に関わっていた、或いは既に教団の中枢の人物とコンタクトが取れる立場にある人物という事になる。
だが、今のアルバに教団と大きな関わりのある人物は、マティアス司祭を除き殆ど殺されているはず。確かに目の前に現れた人物が、あの中年のマティアス司祭であったのなら驚きもするだろうが、二人の反応はそれ以上に驚愕したものだった。
「特別な体質・・・いや、概念になっている貴方には、この血塗られた悍ましき歴史の世界から消えてもらう他ありません・・・。因果を新たな歴史に持っていくことは許されないッ・・・!」
決意にも似たその言葉を口にすると同時に、何の躊躇いもなくその人物は一瞬にしてブルースとの間合いを詰める。
「ブルースッ!!!」
立場もしがらみも忘れたバルトロメオの声が司令室に響き渡る。その瞬間、その場にいた者達の意識を刈り取るような強い衝撃が放たれ、司令室の戦いにピリオドが打たれる。




