見てきた様な動き
瞬く間に背後へと回り込んでいた黒い人物は、床に垂れる切断されたベルンハルトの糸を使い、バルトロメオの召喚した阿修羅の幻影の腕を切り落としていた様だ。
「何ッ・・・あの一瞬で、しかも切られた糸を使ったのか!?」
「ふざけやがって・・・!!」
バルトロメオは切り落とされ床に落ちた、自分の召喚した幻影の腕を自身の腕に吸収する様に纏うと、自ら拳を振るって殴りかかる。多少の武術の心得はあるのだろうが、バルトロメオのそれはブルースとは比べるまでもない。
勢いだけは凄まじく殴り掛かるも、黒い人物は軽く身体を逸らせてこれを避ける。意図も容易く躱されてしまったバルトロメオの身体は隙だらけとなり、ガラ空きの背中に黒い人物はゆっくりと振り上げた拳を振り落とそうとしていた。
だがその様子を見ていたブルースもバルトロメオ自身も、全く焦っている様には見えない。あれ程素早い動きで、バルトロメオの召喚した大きな腕を一瞬にして切り落とす程の実力者に、絶望も焦燥もなかったのだ。
「オソイ・・・」
「チッ・・・」
しかし黒い人物はそのまま拳を振り下ろす前に彼らの思惑に気が付いたのか、攻撃の体勢に入る前に素早くその場から飛び退いた。その直後、黒い人物の頭部らしきところのスレスレを青白い光が横切る。
その光が通り過ぎた後に、遅れてその速さに巻き込まれた風が吹き荒ぶ。風に流されて黒い人物が纏っている黒い靄もまたバルトロメオの方へと流れていく。
表情は見えないが、それまで素早い動きを見せていた人物が停止してしまう様子からも、相手が今の一撃の意味を知り肝を冷やしたであろう事が伺える。青い光はバルトロメオの腕の軌道を遅れて辿り、正しく黒い人物が切り落としたものと同じ大きな腕がバルトロメオの背後にあった。
「よく避けたじゃねぇか。あぁ、俺の体術はたかが知れてるがよぉ・・・。こいつぁ俺の動きを昇華させて辿る。・・・お前、戦闘慣れしてんのか?」
黒い人物の方を振り返り睨みつけるバルトロメオ。その表情に圧倒されているのか、動きを止めた黒い人物の背後から突然ブルースの姿が現れる。彼はバルトロメオの一撃で生じるこの展開を予想して、既に相手の後ろに回り込んでいたのだ。
「・・・・・」
掛け声や殺気、気配すらも殺して閃光の様な蹴りを放つブルースの姿は、宛ら暗殺を命じられた忍者の様に華麗だった。
だが仕掛けていたのは彼らだけではなかった。再び取り巻きを二人召喚したベルンハルトもまた、ブルースを左右から挟む様に陣取り、互いに両腕をブルースの方に伸ばした状態に入る。
そしてベルンハルトは自らの手元に召喚した鍵盤に指を添えると、何かの曲のワンフレーズを弾いてみせた。同時にブルースを挟んでいた謎の人物の腕から細かな振動が発せられる。
何をしているのか分からなかったが、既に足を振り翳していたブルースは攻撃体勢を止める事が出来ない。どちらの技が早く相手を捉えるかの勝負。軍配はブルースに上がった。
彼の凄まじい足技は、正に刀の一振りの様に黒い人物の身体を斜めに斬り裂いた。だが他の霊体達と同じく、この者にも実態はなく身に纏った黒い靄だけが両断され、ブルースの足が巻き起こした空気の流れに流されていた。
「サスガ・・・ アナタダケ ハ ソウカンタン ニハ イカナイ ト オモッテイタ」
「何?俺を知ってるのか?」
黒い人物がポロッと溢した言葉。他の謎の人物達とは一線を画す彼が口にした、あたかもブルースの事を知っているかの様な口ぶりから、ブルースの秘密を知る人物である事が分かる。
直後、ブルースの身体は謎の人物達の発する音の振動に挟まれ動きを封じられていた。
「うッ・・・!?」
「ダガ コレデ サイゴ ニ ナル。ハナシタ トコロ デ ワスレル コトダ。タマシイ ダケノ アナタ ハ チョクセツ オレガ・・・」
動けなくなったブルースの身体に、一瞬だけ黒い人物が触れる。しかし間髪入れずに、バルトロメオの攻撃が彼らと敵対する者達に襲い掛かる。差し向けられたのは、黒い人物が切り落としたバルトロメオの召喚する幻影の別の腕だった。
バルトロメオは先程作り出した腕の幻影で、床に落ちた別の腕の幻影を
拾い上げると、低い体勢から投げるアンダースローでその腕を放った。大きな腕はブルースごと飲み込んだが、通常の肉体ではないブルースにだけは通じず、バルトロメオの投擲を避け切れず飲み込まれた謎の人物達は、そのまま青い炎に焼かれて姿を消した。
「ジブン ノ ウデ ヲ・・・」
「テメェ・・・。さっきからまるで“見てきた”様に避けるじゃねぇかよ」
彼の言うように、黒い人物との面識は初めての筈。バルトロメオは攻撃の際に、相手を誘い込むような動きを加えて攻撃してきた。故に初見ではその攻撃の範囲もあり無傷でやり過ごすのは難しい筈だった。
だが黒い人物は、バルトロメオの攻撃を全て紙一重のところで回避している。まるでここなら攻撃が当たらないのを理解しているかのように。




