光の壁と根の鞭
その小さな身体では、シャボン玉一つの爆発で体勢を立て直すのに時間が掛かる負荷を受けてしまう。幸い、遠距離の戦闘を得意とするケイシーであれば、負傷していようとも他の二人のサポートが可能だった。
「言わんこっちゃねぇ・・・。今応急処置をしてやっから、アンタは大人しく後方支援をしててくれ」
「畜生ッ・・・!何だってんだ!?今の爆発は・・・」
「恐らくアルバの街特有の現象である、あのシャボン玉みたいな奴の仕業だろう」
「あぁ!?それが何だって爆発なんかすんだよ?」
「彼女の攻撃方法は音の振動を衝撃波として放つというもの。それをあのシャボン玉の中に閉じ込め、割れたと同時にそれが外に溢れ出したってところだろうよ」
プラチドの推理は大凡合っていた。そして前線でアンナの動きを止めていたツクヨは、布都御魂剣の効果による理を自身の解釈に置き換える能力を駆使して、僅かに感じる空間の違和感を頼りにシャボン玉を爆発させる事なく斬り伏せていた。
「おいおい・・・ありゃぁどんなトリックだ?始めは頼りない印象だったが、あれならあの女を倒せそうだな」
「・・・・・」
クレリックのクラススキルによりケイシーの負った怪我を治癒するプラチドは、そんな彼が希望の眼差しで見ているツクヨの戦いに、掛ける言葉が見つからなかった。
善戦しているように見えるが、肝心のツクヨは女性を攻撃することが出来ないのだ。故にこのままではいずれツクヨの体力か魔力が尽きたと同時に勝敗がついてしまう。
それまでに何とか別の方法を考えなければ、このまま三人ともアンナによって消されてしまう。彼の不穏な表情に気付いたケイシーが、その理由について尋ねてくる。
不安を与えるのは得策ではないが、このまま黙っている訳にもいかず、何も知らずに質問をした彼にも、プラチドはツクヨの弱点を話す事で事態の深刻さを知ってもらい、何か案を出させる事にした。
「こんな時に騎士道精神かぁ!?死んじまうかもしれないんだぞ!?」
「俺に言われても困る。それに、彼にとっては命よりも重いモノなのかもしれない・・・。それも単純なトラウマでは片付けられない程に・・・」
「だからって・・・」
こんな状況においても、自身の身体と記憶に刻まれた傷に行動を制限されてしまっている彼に、過去に何があったのか尋ねる程二人も無粋ではない。それに過去の出来事を乗り越えたり清算できるのは、他ならぬ本人しかいない。
彼がこの戦いの中でその過去を乗り越えることができるのか、心配そうに見つめるプラチドとケイシー。しかし、依然として上手く立ち回れてはいるようだが、肝心のアンナに攻撃を仕掛けるタイミングが幾度となく訪れるも、ツクヨはその刃を振るう事はなかった。
アンナ自身もそれが分かってきたのか、時折強引な攻撃を仕掛けながらも回復を行っているプラチド達の方へ謎の人物達を召喚し差し向ける余裕もで始めた。
「マズイ!こちらの動きに気付かれたかッ・・・」
「仕方ない、これだけ回復してもらえりゃぁ十分だ。アンタの言う通り、後方支援に集中させてもらう事にするよ」
「あぁ、それがいい。無論、そうさせてもらえればの話だがな・・・」
瞬く間に二人の周りに集まりだす謎の人物達。ざっと見積もっても十人はくだらない。それも中には、アンナの声を飛ばす為のスピーカーを携えた者までいる。
加えて、周囲には魔力探知でも肉眼でも視認し難い、衝撃波を生み出すシャボン玉まで散布されている。迎撃の体勢に入る二人は、身動きが取れずその場で背中合わせになるように、群がる霊体達と向き合う。
「何かいい策は?」
「動こうにも、何処にさっきのシャボン玉があるか分からない。多少魔力の無駄遣いにはなるが・・・」
プラチドには何か考えがあるようだった。錫杖に光を集め始めたプラチドは、シャボン玉の排除は自分が行うから、霊体達への攻撃は任せたとだけケイシーに伝えると、集めた光を自分を中心とした球体状のバリアのように展開し、一気にそれを外側へと押し出した。
「聖浄壁ッ!!」
プラチドの放った光が周りのシャボン玉を炙り出し、その聖なる光で中身の衝撃波諸共相殺し打ち消していく。更にその光は、霊体達に一時的な麻痺のような効果を与えて、視界を奪う目眩しの効果も与えた。
「こんな便技持ってるなら、初めっから使えよなッ!植物総砕ッ!!」
心置きなく植物を使った攻撃が行えるようになったケイシーは、周囲に植物の種をばら撒き、床へ落ちると同時に彼の魔力によって急成長し、無数の太い根っこがまるで意思を持った鞭のようにしなり、辺りを見境なく叩きつけていく。
謎の人物達も、これを全て避けるのは不可能だと判断したのか、スピーカーを持つ個体を庇うように通常の者達が前に出ると、植物の根を数発受け止められるだけの障壁を展開。
その隙に移動したスピーカー持ちが、狙いを定めプラチドとケイシー目掛けて、音の衝撃波を大砲のように撃ち出す。プラチドの光の壁は既に消滅し、本人も言っていたように大量の魔力を消費してしまったのか、その場に片膝をついていた。
ケイシーの生み出した根っこも、暴れる事に夢中になり防御へは回せない。二人を中心に外側を攻撃するように暴れ回る根っこ。その範囲から出れば、如何に術者であろうと無事では済まない。
つまり限られた範囲内で、敵の攻撃を凌がなくてはならないのだ。
「おい!大丈夫か!?」
「悪いけど、さっきのは暫く使えない。ちょっとばかしクールタイムが長くてね・・・」
「そうじゃない!アンタ自身は動けるのか?」
プラチドはケイシーに質問されるよりも先に、残りの魔力で自身の回復を始めていた。攻撃後に隙が生まれる事を既にプラチドはケアしていたのだ。
「誰に言ってるのかねぇ?俺もオイゲンらと同じ、教団の護衛隊だっての!」
ケイシーの生み出した根っこの動きの間をすり抜け、音の衝撃波が二人の安置へと侵入する。そのままでは命中してしまうという瞬間、プラチドは錫杖を回転させ衝撃波の軌道をズラし、これを回避する。
同じくケイシーも、シャボン玉とは違い目に見える空間の歪みから軌道を計算し、素早い動きで身を翻して回避してみせた。数回の攻撃を凌いでいると、植物の攻撃を防ぎきれない霊体達が障壁を打ち破られ消滅する。
スピーカー持ちは移動も通常個体よりも遅くなっている為、次第に根っこの動きについていけずに叩き伏せられていた。
漸く落ち着きを取り戻し始めていた二人だったが、それは彼らの意識の外から不意に安置へと紛れ込んでいた。上手く行ったなと安堵し、互いの様子を確認していたプラチドとケイシー。
するとその視界の端に、ゆっくりとそれは姿を現した。




