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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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無名の技術者

 ツバキがレースの参加を要求してくることにも驚きだったが、彼の口にした“俺の船”という言葉にも衝撃を受けた。そもそもこの年頃の少年が船を作るということ自体、想像できるものではないだろう。いくらウイリアムに造船技術を教えられているとはいえ、人が乗り、航海や海域を渡るだけのちゃんとした船が作れるのだろうか。


 とてもではないが二つ返事で承諾出来るほど、海上で命を預ける船である信用が彼にはまだない。せめて彼の造船技術や実際にシン達を乗せようとしている船の実物を見て見ないことには、判断を下せない。


 「レースにだって?一体何故だ。仮に私達がレースに出ることでアンタに何のメリットがある?それに私達がレースを完走出来るとも限らない。現に私は船で長距離を移動するなどしたことがないぞ・・・」


 ミアの言う通り、シンもツクヨも船での長距離移動など経験したことがなかった。彼らのいた現実世界ではそもそも、船を使って大陸へ渡る機会があまりない。殆どの場合が飛行機といった空を渡る空路手段になるだろう。


 三人がそれぞれに視線を送り、首を横に振るのを確認する。そんな海の素人がレースに出たところでロクな結果が残せないのは目に見えている。それでも彼は三人に参加してもらいたいようで、一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。


 「大丈夫、レースには俺も参加する。船の操縦や修理はお手のもんだ!アンタらは船のことを考えなくてもいい、全部俺が調整するから」


 「それならお前一人で出ればいいだろ?それかレースの経験者や船に詳しい奴の方がいいだろ、こんな素人達より・・・」


 彼女の言葉は非の打ち所がないほど正論だった。参加経験者であればその分だけ、レースの読み合いや展開を想定し易く、船に詳しい人物であれば海の変化に臨機応変な対応が出来る他、船のコンディションも管理できる。


 しかし、わざわざ素人の彼らにお願いするのには、俯いてしまった彼なりの理由があってのことだった。


 「いないんだ・・・そんな奴は。経験者はみんな継続して同じチームにいるか、二度とやらないと辞めちまう奴ばかりだ。船に詳しい奴らはみんな自分の知名度を上げたいと思ってる奴らばかりさ。誰が好き好んでライバルに協力しようなんて思うよ・・・。俺らみてぇな無名の技師達は、自分の船を気に入ってくれる常連をつけたり、レースで使ってもらって有名にならねぇと、誰の目につくこともなく埋もれて死んでいくだけなんだ・・・」


 これはWoFの世界でも現実の世界でも同じことなのかもしれない。技術職を生業としていくには顧客を得る必要がある。しかし、客も勿論ながらより良いモノに出会いたいと思うのは当然のことだろう。


 有名ブランドのモノと無名のモノ、値段も質も変わらないとなれば、知名度の高いモノを選ぶのは仕方のないこと。それと同じで技師や技術者の腕も、手掛けた作品の知名度やそれに対する世間の評価というものが大きく関わってくる。だからツバキは、自分の作った船を世界に知ってもらうためにレースで使ってくれる人物に、シン達を選んだのだ。


 「アンタの言いたいことも分からなくはない。でも、私らだって同じさ。いくらアンタに恩があっても、自分達の身を危険に晒してまでレースに出ようなどとは思わない」


 彼女の冷たくも聞こえるその言葉で、ツバキの表情は暗く曇ってしまう。だがこればかりはシンもツクヨも何も言うことが出来なかった。彼には泊まるところや食事の面倒を見てもらったが、ミアの言う通り命の危険に晒されるかもしれないレースへの参加までは出来ない。


 だが、彼女の話はそれだけではなく、折角泊めてもらったせめてもの気持ちだろうか、代わりに別のことでこの恩を返そうと考えていた。


 「まぁ、それでも折角泊めてもらって飯まで馳走になったんだ。アンタの船と腕前くらいは見せてもらえないか?参加の有無を決めるのは、それからでも遅くはないはずさ」


 そう言うと、ツバキは三人について来るよう言い、自らの造船場へと彼らを案内した。そこにあったのは、小型船の様な立派なモーターボートだった。


 「へぇ、すごいじゃないか!君がこれを作ったのかい?」


 「ジジィに教わりながら作り始めて、今まで少しづつ改良を重ねて来たんだ。自分では納得のいく出来にはなったと思っているんだ・・・。でも、ジジィの野郎がまだお前には早いって、人を乗せて動かさせてくれねぇんだ・・・」


 彼の船は、とても少年が作ったものとは思えない程精巧に作られており、シン達にも一体何がウィリアムの許可を下させない要因なのか分からなかった。


 「人を乗せて動かしたことはないのか?」


 「あぁ、だが動作チェックや不備が無いかなんて、俺が何回も乗って確認している。海だって走らせたんだ。まぁ・・・確かに長距離はまだ試したことはねぇけどさ。それでもジジィには負けてねぇ自信が俺にはある!」


 ツバキは突然自分の船に乗り込むと、エンジンをかけ何かのレバーを下ろした。すると、小型船の内部から一人乗り用の別の乗り物が姿を表す。


 「実は俺の自信作ってぇのは、この船じゃなくて“こっち”の方なんだ。こいつは機動力に優れた機体で、動力はガスエンジンの他に特製のモノを使ってるんだ。しかも最大の特徴は、操縦者によって個性の出る動きがとれるところにある。・・・これで俺は、エンジニアとして名乗りを上げるんだ・・・!」


 目標に向かって着実に準備をしてきたであろう彼の瞳は、何度折られても挫けることのない、夢を諦めない人の強い目をしていた。

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