時代と共に消えゆく楽器
多少周りに瓦礫などがあるものの、マティアスらの案内で辿り着いた楽器の置かれている部屋は無事なようだ。宮殿内では未だに各所で戦闘が行われている。
「しかし妙ですね。ここまで来る間、一度もあの幽霊に出くわさなかったなんて・・・」
司令室から楽器を取りに向かうグループとして別れた彼らだが、戦える者がオイゲンのみと些か心許ないメンバーではあった。当然、オイゲンの実力があれば通常の謎の人物達など相手にもならないが、なにぶん守る対象が多い戦いになると防戦一方になりかねない。
「そこは“運が良かった”と割り切る他あるまい。神が我々の行いを見守ってくださっているのだろう」
「そうだといいんですが・・・」
不安がるクリスを宥めるマティアスは、ここが目的の部屋だと一行に話す。すると、中がどうなっているのか分からない以上、一番手は危険が伴うとしてオイゲンが扉を開ける事となった。
一行がオイゲンの後ろへと下がり、彼がゆっくりと扉を開ける。部屋の中は薄暗く、周りの騒々しさに比べると不気味なほどの静かさがあった。しかしオイゲンやケヴィンの気配感知には、周囲に謎の人物らの反応は感じられない。
「中に入るぞ。明かりは何処だ?」
「入って左手の壁に・・・」
オイゲンを先頭に慎重に部屋へと入って行く一行。そして彼が明かりのスイッチに手を掛ける。まだ電気が行き届いているようで、部屋を照らす明かりが一気に点灯する。
通路を抜けた先の広い場所には、多くの楽器がそのまま保管されていた。どうやら楽器は無事だったらしい。
「良かった。楽器は無事だったぞ」
「後は例の彼らが演奏していた楽器と同じものが必要とのことですが・・・」
生存者を襲うバッハの一族の霊。彼らが扱う楽譜は、音楽の父として知られるかの有名な音楽家であるWoFの世界で広く知られている“クリスティアン・バッハ”の遺物であるとされる“月光写譜”と呼ばれる、特殊な能力と魔力を秘めたものだった。
それらの楽譜には担当の楽器が割り当てられているようで、演奏自体はどの楽器でも再現は可能なようだが、その力を最大限に活かすにはそれぞれに割り当てられた担当の楽器が必要となる。
バッハの一族の霊達は、アンナを除きチェンバロを演奏するベルンハルトと、屋上でミアとニノンが戦っているアンブロジウスがいる。
アンナには同じく歌で対抗するジルが向かっている。そして屋上にいるというアンブロジウスは、ブルースの話によるとヴァイオリンを使っていたという。
幸い彼らの辿り着いた部屋には幾つものヴァイオリンが置かれている。そして何より、ヴァイオリンならアンドレイだけでなく、レオンやカルロス、クリスらの学生達でも十分演奏できる。
「ブルースの言っていたヴァイオリンは確保出来た。後はそれを持って屋上へ向かえば・・・」
「司令室の彼に該当する楽器はありましたか?」
ケヴィンが周囲を見渡し、ベルンハルトが演奏していた鍵盤楽器であるチェンバロを探すのだが、一向に見つけられずにいた。楽器に詳しいであろう他の者達に尋ねてみたが、どうやら彼らの目にもここにチェンバロは無いようだった。
「そりゃぁチェンバロってなぁ。今となってはピアノが主流になっちまってるし・・・」
「宮殿で披露された演奏でも、使われていたのはピアノだ。持ち込まれた物の中にチェンバロは無いのかもしれない・・・」
実際に演奏に参加したレオンやカルロスも、音楽の歴史を学ぶ中でチェンバロがピアノの興隆と共に音楽演奏の場から姿を消していったのは知っている。故に嫌な予感はしていた。このご時世において、何とも珍しい楽器なのだと。
「音楽の街として知られるアルバに、チェンバロが無いなんて事はない筈です。確かに今でこそピアノにその立ち位置は取って代わられてしまいましたが、チェンバロにはチェンバロにしか出せない味がありますから・・・」
「どうなんですか?マティアス氏」
アンドレイや他の音楽家達なら、その時代に使われていた楽器を演奏したこともあるようだ。実際アンドレイはチェンバロの演奏も出来ると公言する。彼曰く、ブルースも同じく可能だろうと。
要するにベルンハルトとの戦闘には、現代の音楽家であるアンドレイやブルース、リヒトルらの力が必要になるという事だ。今回の式典とパーティーの準備に参加していたマティアスなら、搬入された楽器などの行方にも心当たりがある筈。
必死に思い出そうとするマティアスに、その付き人であり手伝いをしていたクリスが助け舟を出す。
「それなら二階の倉庫にあるかもしれません!確か今回の演奏で使わない予定の楽器などが移動させられていた筈ですよ」
宮殿の二階では、ツバキとツクヨが楽器の修理などをしていた広場がある。クリス曰く、どうやらそこの奥に倉庫があるらしい。そこに行けばチェンバロがあるかもしれない。
だがヴァイオリンの確保に成功した今、屋上でアンブロジウスを抑えてくれているニノンが心配であるオイゲンにとって、また寄り道をするといった行動を容認できる余裕がなかった。
それを察したのか、ケヴィンはここで更にチームを二つに分ける事を提案する。
 




