静かなる脅威
バルトロメオの大振りの一撃は、彼に避ける隙までは与えずとも、防衛手段を実行させるだけの間はあった。ベルンハルトはフラつきながらも謎の人物を二人側に召喚すると、左右に分かれさせその間に幾重にも重ねた糸を持たせて、さながらテニスのネットのようにバルトロメオの拳を受け止める準備を整えた。
「ハッ!無駄だぜそんな糸の束。焼き尽くす必要もなく、ぶち抜いてやるよぉッ!!」
拳は風を纏って謎の人物の展開する糸の壁へと接触する。初めの方こそバルトロメオの生み出した腕の攻撃を受け止め、勢いを抑えているように見えたが、その間にも糸は次々に千切れ飛び弾けた糸には彼の青白い炎が引火し、跡形もなく消し去っていく。
そして押し込むように体重を乗せたその拳は、遂に糸の壁を破壊しベルンハルトが伸ばす掌へと命中した。
「いった!」
「盾を貫いたぞ!」
「あれ程のパワー。あんな華奢な身体で受け止められるものではありません」
一行の期待を一身に受け、バルトロメオの拳とベルンハルトの腕が触れようかという寸前のところで、激しい衝撃波を生み出し周囲へと広がっていく。司令室内に突風が巻き起こり、側にいた謎の人物達もまた吹き飛ばされて部屋の壁をすり抜けて姿を消していく。
「うッ・・・!どうなってる!?」
「すげぇ風で前が見えねぇよ・・・!」
「紅葉、おいで。吹き飛ばされちゃうよ・・・」
アンドレイはシンとの約束通りアカリとツバキを支えて耐えてくれている。当然アンドレイは非戦闘員である為、生身の肉体でその突風を凌ぐには、大人であっても精一杯だった。それを支えていたのがガジェットを装備したツバキだった。
だがその衝突の生み出した突風こそ、その場の流れを大きく変える結果を巻き起こす。
「うッ・・・!風で声が・・・!」
「マズイぞ、ケヴィンさん!ジルが・・・!」
「やむを得ません・・・!ジルさん!一時撤退です!これは一時的なもので長くは続きません。風が止み次第すぐに再開するとしましょう!」
「えっ・・・えぇ・・・!」
バルトロメオとベルンハルトの衝突により、彼らの演奏の効果を打ち消していたジルの歌声が停止させられてしまったのだ。しかし突風の中で音が届けられないのは、ベルンハルト側にとっても同じこと。そう思っていた。
ベルンハルトは、バルトロメオの召喚する腕を片手で受け止め、その間に受け止める自身の腕部分を鍵盤へと変化させ、あろうことかそのままの体勢で演奏を開始したのだ。
その音は衝撃波の渦中にあったこともあり、風に乗って司令室全体へと瞬く間に広がっていく。激しい頭の痛みが一行を襲う。音の振動が鼓膜を揺らし、脳内に甲高い金属を擦り合わせるような音が響き渡る。
「クソッ・・・!んだよ、こんな時にぃッ!!」
それはバルトロメオ自身にも見えていなかった。音の振動を間近に受けていた彼の背中に携えて逞しい六本の腕は、次々に崩れ去りベルンハルトに殴りかかった腕を除くとあと二本になってしまった。
変化が起き始めたのはそれだけではない。周囲に飛んでいたシャボン玉が音の振動に流され、壁の方へと流される中、それに触れたブルースの身体にピリッとした衝撃が走る。
「・・・?」
風やベルンハルトの演奏でかき消されているが、周囲に舞っているシャボン玉からも振動による衝撃が発生しているのだ。
「これはッ・・・!気気をつけろ!そこら中に舞っているそれにも、衝撃が入っているぞ!」
ブルースの言葉に、すぐにその危険性に気がついた一部の者達は周囲のシャボン玉の位置を確認する。決して避けきれない数ではない。だが頭に響き渡る不快な音と痛みの中で、それらにも気をつけなければならないとなると、容易なことではなくなってくる。
それは守る対象を抱えた者達には更に厄介なものとなっていたのだ。それを如実に受けていたのがオイゲンだった。彼はいち早くそのシャボン玉の危険性に気が付き、マティアスらのように戦えない者達の方へ近づいていくシャボン玉を、素早く発生する光の盾のスキルで守ってみせたのだが、シャボン玉が縦に接触することで破裂し、守るべき対象に追加で痛みを与えてしまっていた。
要するに、音の振動を閉じ込め運んでいるシャボン玉は、割って防ぐことの出来ないものだった。




