解放の歌
ケヴィンはカメラを見つめながら、ツバキの粋なサービスに感謝しながら微笑む。そしてベルンハルトに気付かれぬようカメラを床に置き、壁の方へと向かわせる。
「彼には感謝しなければなりませんね・・・」
「どうかしたの?ケヴィンさん」
「あぁいえ、大した事ではありません。それよりもモニターを見てください」
彼が指差したモニターには、司令室を一望できる位置からの映像が映し出されていた。先程ケヴィンが壁の方へと向かわせたカメラが、壁を登り天井の隅へと移動し待機していた。
ここまでの段階で、敵側に彼らの動きがバレている様子はない。それどころか、シン達やオイゲンらにも気付かれていない。それもその筈。彼らの奮闘のおかげで、敵の注意は彼らへと向いている。
「楽譜がッ・・・!」
「でもどうするよ?俺ぁ楽譜があったところで楽器がねぇんじゃ・・・」
「大丈夫、私が歌うわ」
「歌うだってぇ!?」
「幸い、彼らは私達の目論みに気がついていません。それに歌う程度のことであれば、わざわざこちらへ敵意を向けてくることもないでしょう」
「・・・もし向けてきたらどうするんだよ?」
「その時は・・・オイゲン氏に任せましょう」
元より確実性のない作戦な上に、例え失敗したところでデメリットもない。強いて言えば相手のヘイトを買うという、謂わば挑発行為に近い。ジルは歌う準備の為、喉の調子と発声を確認し始める。
「ん?アイツら、何しようとしてるんだ?」
と、ジルの声に気が付いた者が身内に現れ始めた。それは比較的彼女らに近い位置にいたレオンやクリスだった。
「何か見てるみたいだけど・・・。ここからじゃよく見えないね」
「クリス!レオンくん!あまりオイゲンさんの側を離れないように!君達も見ただろ?あれらは私達を殺そうとしているんだ」
「・・・・・」
「すみませんマティアス司祭。クリス、後にしよう。あっちにはケヴィンさんがいるんだ。きっと何か思惑があっての行動だろう」
マティアスに注意され、オイゲンの周りへと戻るレオン。クリスはまだ少し気になっている様子だったが、二人に引き戻されるように移動していく。
そして準備が整ったジルが、ケヴィンのカメラが映し出す映像に表示された楽譜を読みながら歌い始める。その歌声が聞こえた者達は、一瞬それがベルンハルトの陣営による新手の攻撃かと勘違いした。
何しろ聞こえてきたその曲は、ベルンハルトの演奏するものと全く同じものだったからだ。同じ楽譜を使っているのだから当然と言えば当然だが、しかしその楽譜をしようした効果は似て非なるものだった。
ジルが歌い始めた途端に、謎の人物達の動きが鈍り始め、同じく楽譜を見て演奏していたベルンハルトが突然何かに蝕まれるように苦しみ始めたのだ。それだけではなく、ベルンハルトの演奏によって身体能力の向上効果を受けていた、前線で戦う一行の動きにも変化が訪れたのだ。
ベルンハルトの周りに舞っていた糸は勢いを失い、それを焼き切るバルトロメオの召喚する腕はみるみる内に小さくなる。
「あぁ!?こっ今度は何だってんだぁ!?」
「これは・・・。バルト!力の制御はもういい!普段通りに戦ってみろ」
バルトロメオの様子を見て何かに気がついたブルースは、彼に最初に指示していたバフ効果を考慮した戦い方を止め、普段通りの動きの力と魔力放出をするように指示する。
何が何だか分からないといった様子のバルトロメオだったが、主人の言葉を信じて今まで溜まっていたフラストレーションをぶちまけるように、全力で魔力を放出しその背後に今度は六本の腕を召喚して見せた。
「何ッ・・・!バルトロメオ・・・これが彼の潜在的な力だとでもいうのか!」
「散々まどろっこしい真似してくれやがって・・・。覚悟しやがれッ!」
バルトロメオの魅せた力に、その場にいた誰もが驚かされ、そして同時に今までの彼が如何に力を制御していたのかを思い知ることになる。
彼の操る六本の腕は、それぞれが意思を持っているかのように自由自在に動き、周囲の謎の人物達を吹き飛ばし、ベルンハルトへの道を阻んでいた糸を悉く燃やし、そして大きく助走をつけた腕の一本が、ジルの歌声に苦しむベルンハルトへ向けて渾身の一撃を打ち込む。




