情報を活かすも殺すも
ジルはバッハ博物館に戻されていなかった、彼に所縁のある代物“月光写譜“のことをその場で口にした。そしてレオン達を騙す為の口実として使ったニクラス教会で、何者かが楽譜のようなものを持ち出すところを目撃したことも。
ジルとカルロスが宮殿へやって来たのは、その人物の後をつけて来たからだった。無論、レオン達とは宮殿前で落ち合うつもりではいたが、彼らの方でも事情が変わっておりアンナの襲撃を受け、半ば強制的に宮殿内へと入ることになってしまった。
これでもう無関係ではいられない。何か事情を隠そうとしていた宮殿サイドの隠し事を知ってしまった以上、彼らも自由に街を捜索するという訳にも行かなくなった。
いやそれ以前に、宮殿の何処かに潜んでいると思われる真犯人に彼らのことが知られて仕舞えば、彼らもまたターゲットになり得る。それも恐らく犯人側が最も知られたくなかったであろう重大な情報を、知られたくない者達の前で口にしてしまった。
当然それを想像できなかったジルとカルロスではない。しかしそれが事件の真相に近づく何らかの手掛かりであり、現状彼らを取り巻く不気味で不可思議な体験を終わらせる為の情報であり、今この場にはそれを終わらせることのできる者達が揃っていることを、二人とも理解している。
その背中を押すのに一役買ったのが、ベルンハルトの思惑にハマり攻撃を返されてしまったブルースだったのだ。それは嬉しい誤算でもあった。ブルースとて、バルトロメオとオイゲンの攻撃を跳ね返されカウンターを貰うなどとは考えもしなかった事だ。
急遽肉体から魂を分離させた彼は、そのまま都合がいいと状況を俯瞰して様子を見いようと考えたのだが、謎の人物達同様に壁や床を擦り抜けて移動できることを思い出し、気になっていた外の状況を見に行った。
その時に見つけたのがジルとカルロスだった。彼らはまだ宮殿の側にまで到達している訳ではなかった。ブルースが偶然目を向けた街並みの中に、明らかに謎の人物達とは違う者の動く影を見つけたのだ。
暫く様子を見ていると、彼らが宮殿を目指していることが直ぐに分かった。ブルースから二人にアプローチすることは出来ず、どうやって二人を手っ取り早く一行の居る司令室に招き入れられるかと考えたブルースは、今彼らの前にある結果の通りバルトロメオに壁を破壊させるという手段をとった。
これによりジルとカルロスが正面へ回り込むというタイムロスを省く事になり、現在のベルンハルトの変化に対応できる新たな選択肢として、彼の持つ“楽譜“を取り上げることで弱体化を狙えるという希望を得た。
「楽譜・・・。それが奴の力の・・・延いては能力の源という訳か」
「可能性としては高いでしょうね。それよりも驚いたのは、彼らの推理力と行動力でしょう。それともブルースさんの導きでもあったのでしょうか?」
ケヴィンが考えるには、ジルとカルロスが楽譜の情報を持って宮殿へ向かおうと考えたのは、そこに解決できるかもしれない人物がいると思っての事だろうと言うのだ。
レオンとクリスの話から、アルバの街でも同じように謎の人物達の出現と襲撃はあったようだ。それにその現象を確認しているのは彼らだけだったらしい。当然、親や身近な人物に相談もしただろう。
だがこうしてこの場に現れたのが、彼らのような学生達だけだったということは、誰も彼らの話を信じなかったか話せなかった何らかの理由があったことが読み取れる。
普通であれば、自分がおかしくなったのか、みんな知っていて知らぬフリをしているのだと考え、周りに流されようとするのが殆どだろう。その中で異変に気が付き、真実を追い求めようとする意思と行動をとったのは、宮殿に残る者達にとって幸運だったと言える。
彼らの失われた記憶の中でもそうだったが、宮殿を脱出して持ち出された楽譜の存在に気がつけた者はいない。これは街で異変に気が付き、手掛かりを掴もうとする協力者でもいない限り到底できることではなかった。
何故学生らが危険を冒してまでそのような事に首を突っ込もうと思ったのかは、宮殿にいたケヴィンらには理解できない事だったが、それを知ってか知らずか宮殿へ招き入れたブルースとバルトロメオにも感謝しなければならないとケヴィンはオイゲンに語った。
「確かに、外の様子は我々も調査しようと試みてはいたが、手掛かりを掴むことは出来なかった。やった事といえば、容疑者を数人、宮殿へ連れてきた程度で彼らからも有力な情報は聞き出せていない。それがまさか彼らによって暴かれようとは・・・」
「ですが、それを活かすも殺すも私達次第です・・・。どうですか?楽譜の件は何とかできそうですか?」
楽譜を奪うだけとなれば、未知の能力を身につけたベルンハルトを倒すというよりも可能性はあるだろう。現実的に、能力が覚醒したのはベルンハルト本人であって、楽譜というアイテム自体には今のところ何の変化も起きていない。
ブルースとバルトロメオが戦力として戻った今、数にものを言わせた強引な戦略も可能となるだろう。そしてその結論に至ったのは、その場で状況を見て勝算を導き出そうとしていたアンドレイも同じだった。
更に彼は、楽譜を奪うだけであればこれ以上適任な者はいないとして、ある人物に目をつけていた。それはまたしても、このWoFの世界において特異なクラスとして知られる、影の中に身を潜められるアサシンのクラスであるシンだった。




