演奏されていたものの正体
全てがベルンハルトから離れるように押し除けられていく。これまで優位に働いていた紅葉の炎やバルトロメオの青白い炎、そしてブルースの作り物の身体やシンの取り付けているガジェットなどが一斉にその優位性を失い始めた瞬間でもあった。
「なっ何だ!?何が起きている!?」
「風がッ・・・風が彼を避けている!?いや、何かによって弾かれているんだ」
「何かって何だ!?そこが重要なんじゃないか」
「考えられるのは音による“振動“ではないでしょうか。彼の腕がまるで弦楽器のように変化しています」
ケヴィンの言うベルンハルトのカラアダの変化を確かめるオイゲン。跳ね返る風の中、僅かに見えたその先には自身の腕で音を奏でるベルンハルトの姿があった。
「自らの身体で音を奏でているだと・・・!?」
「まだこんな隠し球を持っていたとは・・・。これは非常に厄介ですよ」
それは単純に考えても、ベルンハルトが自身の召喚するチェンバロに張り付けになる必要がなくなった上に、これまで以上に彼は自由に動き回れるようになったことになる。
これまでは邪魔が入っていたとはいえ、同じ場所に留まり演奏する必要があったのか、それこそ固定砲台のようになっていたのだが、これ以降はその砲台を持ち歩き、銃口をどの方向にも向けられるようになったと思っていいだろう。
「だが、何故それを初めから使わなかった?彼らにはある程度の意思はあるのかもしれないが、余裕を見せたり手の内を隠して戦うなんて芸当が出来るのか・・・?」
考察はツバキやアカリと共にいるアンドレイも行っていた。そして彼の言うように、まるで意思を持った生物のように段階的に能力や力を解放していくなどと言うことが、召喚された者や何者かに操られている者に出来るのだろうかと言うのが、彼の中で引っかかっていた。
アンドレイは、謎の人物達を使役し特殊な能力を持つバッハの血族の霊体を二人見てきている。一人は目の前でシン達が戦っているベルンハルト。そしてもう一人が宮殿の入り口で待ち伏せを受けたアンナだった。
最後までその戦闘を見ていた訳ではなかったが、戦力を温存しているといった様子は見受けられなかった。だがベルンハルトは違う。自分の身体を楽器に変えられるのであれば、わざわざチェンバロを召喚してまで演奏をする必要はない。
音の振動を扱うのに楽器が必要なのであれば、初めから視界も固定されることなく移動も可能な方法を選ぶのが合理的だろう。それほどの知能が無かったといえばそれまでだが、かの有名な音楽家の血族の霊がその発想に至らないとは考えずらい。
「なぁ、アイツ何ぶつぶつ言ってんだぁ?」
「色々考えてくれてるんだと思う。アンドレイさんって、宮殿の入り口からこっちに避難してきた人でしょ?入り口の方でもツクヨさんとプラチドさんが、戦っている筈。きっとアンドレイさんは、入り口を襲ってる人とあの人に何か共通点があるんじゃないかって、考えてるんじゃないかしら・・・」
アンドレイは消去法から、ベルンハルトは力を隠していたのではなく、段階的に今の力を解放した、或いは力を得たのではないかと考えた。しかしその条件となった要因が分からなかった。
自身の護衛の話からも、戦闘を行う者は自身が追い詰められることで新たな力に目覚めたり、内なる能力が覚醒したりなどと言うことも少なくないのだそうだ。他にも同じ音楽家の中には、アイデアが浮かばなかったり新譜の発表に間に合わなかったりすると、潜在的な才能がそれをカバーするかのように働いたという事象を耳にすることもある。
だがそれは生物としての本能が引き起こすものであり、死者にも当てはまるものなのだろうか。ブルースのように完全なる自我を持った魂ならば、或いはそのような事も起きるかもしれないが、ベルンハルトに至ってはまともに喋れもしない。
死からも何年も経っている事もあり、突発的な成長や偶発的に仕組まれていたものとも思えない。つまりベルンハルト本人による要因ではないのではないかというのが、アンドレイの結論だった。
別の何かの要因ともなれば、彼らを使役し事件を起こした真犯人こそがその要因に違いない。となれば、ベルンハルトに新たな力が目覚めたということは、犯人が近くにいて何らかのトリガーが発動したのか、或いは犯人自体が彼に近づいた事により、能力の解放が起きた可能性が考えられる。
ベルンハルトの音の振動により、跳ね返され乱れた風を受けてバランスを崩す紅葉。それを見たシンが急ぎ紅葉を救出しその場を離れる。敵を退けた事により、ベルンハルトは攻勢に転じようとでもいうのか、弦に変化させた腕を退いたシンの方に向けて、今にも強烈な音を出さんと弦に指を掛ける。
するとその時、何者かによって司令室の壁が破壊され音の伝わりを阻害する大きな物音が司令室内に響き渡る。
「何だ、何事だ!?」
「ねぇあれ!ブルースさんよね?確か・・・」
「あぁ?ってことはまた“アイツ“かよ!?」
ツバキとアカリの視線の先には、土煙の中に佇むブルースとその中からシルエットで現れる三人の姿があった。
「ぅわッ!何だよいきなり!?もっと静かにッ・・・」
「そんな流暢な事言ってる場合じゃねぇんだよ!さぁ話せ!オメェらが一体何を知ってんだ!?」
聞こえてきたのは、ブルースの護衛であるバルトロメオの声と、彼よりも数段若い少年のような声だった。その声にいち早く気が付いたのはレオンとクリスだった。
「カルロスの声だ!アイツら無事だったんだな!?」
「ッ・・・・・!」
突然の出来事に驚く一行。これはブルースが肉体から離れている間に感じた、宮殿に近づく何者かの気配を探った結果だった。そしてバルトロメオに彼らを戦場に招待するよう伝え、直接司令室に辿り着けるよう壁を破壊させたのだった。
そしてカルロスと共に行動していたジルの口から、司令室にいる一行に重要な情報が告げられる事になる。
「楽譜を取り上げて!彼が演奏しているのは、バッハの残した遺品である月光写譜に記された曲。きっとそれに何かおかしな効果があるに違いないわ!」




