記憶を持ち越した者
同時刻、宮殿内司令室にて。
教団の活躍により避難していたマティアス司祭と、宮殿入り口でのアンナとの戦闘の最中、アンドレイらのおかげで無事目的だった宮殿入りを果たしたクリスが対面していた。
「無事だったのか!?クリス!一体どうやって宮殿へ戻った?」
「マティアスさんこそ、ご無事な様で安心しました。宮殿へ戻れたのはレオン達のおかげです。街では彼らの他に頼れる人がいませんでした・・・」
「そうか。レオンくん、クリスに協力してくれてありがとう」
「いえ、それは構わないのですが・・・その、宮殿で起きたという事件についてお聞かせいただいてもよろしいですか?」
これまで街と宮殿内では情報が隔離されており、パーティーの後アルバの街へと戻っていったレオン達には、突然宮殿が立ち入り禁止になり、重要参考人となる人物の自宅や宿泊している宿、そして施設などもまた説明もないまま捜査が行われた。
レオンは式典での演奏について、アルバの音楽監督であったフェリクスの自宅を訪れているところに、突然宮殿からやってきたという警備隊と教団の者達によりフェリクス連行の現場を目の当たりにする。
そしてジルは、バッハ博物館にいて片付けの手伝いの途中、共にいたカタリナが連行されてしまい、彼女の起点により逃げ出すことができた。
それらの事からも、街では宮殿の事件について何か知っている者は宮殿へ連行されてしまうという、教団の横暴な手段によって捜査が行われていた。
昼間は教団の者達や警備隊による目から隠れるように暮らし、そして日が暮れると今度は謎の人物達から逃げ回るという、何とも不可思議な体験を数日に渡って体験してきたレオン達。
宮殿へ入り込んでしまった事と、既に事件の大詰めとも取れる犯人の強硬手段に巻き込まれてしまった彼らには、宮殿で起きた事件について話してしまってもいいだろうと、マティアスは知り得る限りの事件の全貌を彼らに語った。
「そんなッ・・・!大司教だけでなく、ルーカス司祭まで・・・。それにアルバに招いた音楽家の方も手に掛けられていたとは・・・」
「犯人がどこまで殺人を繰り返すつもりか分からないが、宮殿を襲撃しているということは、既に仕上げに入ったのだろう」
「仕上げって・・・。まさか宮殿のいる人達を皆殺しにでもするつもりなんでしょうか?」
「いや・・・それにしては手の込んだ計画的な犯行だったとケヴィンも言っている。それに見境なく殺すにしては、死体が残っていないというのも妙だ。私の推測に過ぎないが、あの襲撃者達は殺す目的で襲っているのではないんじゃないだろうか・・・」
マティアスの言う通り、現在宮殿を襲撃している謎の人物達襲われた警備隊や教団の護衛達は、一切その死体が見つかっていないと言うのが不気味なところだった。
襲撃の現場に戻った者の話では、その場には血痕すら残っていなかったという。そしてシン達も失われた記憶の中で体験したように、衝撃者に襲われた人間は殺されると言うよりも、黒い塵のようなものへと変わり消えていくといった現象が起こっているのを目にしている。
犯人はジークベルト大司教や、ルーカス司祭らの遺体を残している。つまり計画に組み込まれている殺したい相手は遺体を残し、それ以外は殺すつもりはないのだと言うことを推理するマティアス。
「そうだとしたら、マティアス司祭も本当によくご無事でしたね?」
「ん?」
「だって犯人の目的を考えると、明らかに教団関係者を狙っていたのが見えてくるじゃないですか。ベルヘルムさんの件を踏まえると少し目的が曖昧になってしまいますが・・・」
レオンの推測は、一行が感じたものと同じだった。事件に遭遇した当事者達だけでなく、宮殿の外にいた者が話を聞いても、やはり同じ結論に至る。犯人がその思考に至ることを予測できなかったとは到底思えない。
要する、犯人は目的が教団関係者だと知られても、計画を成す上では何も問題ないと判断したことになる。計画的な犯行の裏に、次のターゲットがバレても問題ないという荒さが目立つ一連の事件。
目的が達成されたからこその、今の襲撃に繋がるのだろうか。
マティアスは事前に犯人の次のターゲットが自分であるかもしれないという事を、探偵であるケヴィンから話を聞いていた。その時に渡されたのが、仮死状態に陥るという薬だった。
これにより犯人の裏をかこうとしたのだが、実際は彼らの想定していた事態とは異なる方へと進んでしまう。暫くすればすぐに仮死状態から戻るはずだったマティアスの意識は、薬の効果以上に長く続き、結局一行の昨日の記憶が失われると同時に彼の意識も戻るという結果になってしまう。
そして本来は、マティアスが先に死んだという報告を受け、犯人がどう動くのかを見るつもりだったのだが、犯人は続けて音楽家であるブルース・ワルターの命を狙ったのだった。
結果としてそちらの犯行も失敗に終わり、宮殿だけに留まらずアルバの街全体を巻き込んだ襲撃事件へと発展していったのが、昨日の誰も思い出すことの出来ない記憶の中に眠る出来事の結末だった。
しかし、その記憶を持ち越して次の日へと渡った人物が現れたのだ。それが特殊な状態で現世に留まり続けているブルース・ワルターその人であった。




