調べた成果
街中を慎重に進み、ニクラス教会へとやって来た二人は、静かな佇まいのその建造物に現在の街の様子も相まって、異様な雰囲気を感じ取る。
「な・・・なんか妙に静かじゃねぇか?」
「こっちでは演奏はしてないみたいね。向こうの教会でなければならない理由でもあるのかしら?」
「奴らに気付かれる前に入っちまおうぜ!」
「先ずは中の様子を見てからね」
ジルとカルロスは、ニクラス教会の側面へと回り込むように移動し、窓から中の様子を伺う。だがこちらは博物館の時のように、もぬけの殻という訳ではなかった。
中には街中にも徘徊している謎の人物が数人だけ徘徊している。目を盗んで侵入出来なくもないが、窓からでは通路の方が見えず、彼らの求める情報が眠っていると思われるルーカス司祭の書斎の方がどうなっているのかは確認できない。
「どうするよ?こっちはさっきみたいに簡単には行かなそうだが?」
「そうね・・・。何か知れればと思ったけど、これは私達だけじゃ難しそうね・・・ん?」
難攻不落という程ではないが、やはり戦闘を行えない二人では心許ないのは確かだ。するとそんな二人の視界の先に、他の謎の人物達とは見た目の異なる何者かが、通路の奥から現れるのを目にする。
「おい!なんか出てきたぞ!?」
「しぃッ!何かしら・・・グーゲル教会で演奏していた誰かにも似ているようだけど・・・」
その顔つきは他の謎の人物達と同様に、目元を覆う仮面を付けており見ることは出来なかったが、その雰囲気からジルはグーゲル教会で集まった謎の人物達の前で演奏する、あの何者かの姿を思い浮かべた。
実際には同じ人物ではないのだが、ジルにはその人物が他の霊体を従え使役する親玉であるのを感じ取っていた。しかしそれはジルだけではなく、カルロスも同じものを感じていたようで、彼女に注意を促されることなく自然とその視線はその人物を凝視していた。
よく見るとその何者かは、手元に何やら紙のようなものを持っているようだった。遠目からではそれが何なのかまでは特定出来なかったが、何かの楽譜であるように二人の目には見えた。
「あれって・・・楽譜、だよなぁ?」
「えっえぇ・・・そう見えるわね」
そこで何かを閃いたカルロスが、思わず声をあげそうになるも自らその口を塞ぎ、自身のリアクションに抑止を掛ける。その滑稽な姿を真顔で見るジルに、声を抑えて語りかける。
「なぁ、あれって月光写譜なんじゃねぇか!?」
「そんなまさか・・・」
「絶対そうだって!こんな状況で持ち出す楽譜なんて、何か特別な物に決まってんだろ。それについさっき博物館に楽譜が無くなっているのを確認してきたばかりじゃねぇかよ!」
「言われてみれば確かにそうね・・・。貴方ってそんなに気付きが良かったかしら・・・?もしかして貴方、犯人と通じているとか・・・」
バッハ博物館の時は彼女と同じ疑いを、カルロスがジルに向けていた。それが冗談なのか、カルロスの反応を見る為の引っ掛けだったのかは分からないが、そんな会話をしている内に壁を通り抜けていくその人物を追いかけるぞと移動を始める。
霊体が通り抜けた壁の先は、教会の裏へと通じている。そのまま直進したのなら、霊体は今頃教会の外に出ている筈だと、中腰のまま他の者達に気付かれぬよう回り込むと、楽譜のような物を持った霊体は何処かへ向けて障害物などを無視しながら直進しているようだ。
「何つう便利な身体だよッ!こっちは避けてかねぇとならねぇってのに」
「ねぇ、この方角って・・・」
ジルは霊体がどこへ向かっているのかの想像がついたようだった。後を追うことで必死になっていたカルロスは考えるのも面倒だと、直接答えをジルに問う。
「あぁ?どこだってんだ?」
「宮殿よ」
「ッ!?」
ここでカルロスの中で、全ての合点が繋がった。犯人は何かの目的の為にバッハの月光写譜を必要としている。そして謎の人物達を使役し楽譜の在処を突き止めると、謎の人物達を束ねる親玉にそれを回収しやすい場所へ運ぶよう指示する。
その霊体の親玉は宮殿へ向かっている。つまりそこから導き出されるのは、犯人は今宮殿の中にいるということ。自ら街へ出て来ないということは、それが叶わない状況にあるということだろう。
つまり捜査が行われているという宮殿内にて、疑いをかけられている人物、或いはアリバイが証明できていない人物の中に犯人がいるのではないかという結論。
「おいおい・・・じゃぁ大司教殺害の犯人はまだ宮殿にいるってことかぁ!?」
「楽譜を入手して何をしようとしているのかは分からないけど、きっと売ってお金にするとか取引に使うとかではない筈よ。嫌な予感がする・・・早くレオン達と合流しましょう!」
音楽界隈で有名な代物であるバッハの遺物を売り払えば、すぐに身元が割れてしまう。裏取引にしたって同じこと。そんなリスクのある物を手元に持って置くのも危険で、手放しても危険となるだろう。
グーゲル教会で行われていた儀式から考察するに、何かしらの大掛かりな作戦に用いられることは明らかだ。月光写譜にそれ程の力が眠っているのかは甚だ疑問だが、今はそうとしか考えられないというのがジルとカルロスがアルバの街で調べた物事の結果だった。




