音楽家を襲撃する音楽家
ブルースの宿泊する部屋へ向かう道中、ニノンは戦闘中の護衛隊や警備隊を助けながら、自身が通らぬ方面への援軍に向かわせたり、重要な部屋や他の要人達や逃げ遅れた者達を救助するよう指示する。
その間ミアは、彼女の手が届かぬ戦場に眼を向け、遠くからの狙撃にてこれを援護した。
「すまない、手伝ってもらってしまって・・・」
「構わんさ。でもいいのか?ブルースの部屋に向かうのが最優先なんだろ?」
「目の前で傷付いている仲間を放ってはおけない。オイゲンも私に任せた時点で、こうなる事は分かっているだろうし」
「理解し合ってるんだな、二人とも」
「そんな綺麗なモンじゃないさ。長く一緒にいたせいか、互いの性格や考えが分かるようになっただけ。だからこそ信用できるんだけどね」
いくつかの部隊を救助した後に、目的の階層へとやってきた二人。そこはシン達が泊まっていた場所と同じ階層であり、他の階層に比べ戦闘は少し落ち着いていた。
廊下の様子を見て、まだ犯人によって攻め込まれる前だったかと安堵するニノン。再度気を引き締め、拳を強く握るとミアに行きましょうと声を掛けて、廊下を歩み出した。
その時だった。
目的のブルースの部屋へ向けて二人が廊下を歩み出した途端、何やら不穏な物音が二人の耳に届いたのだ。思わず顔を見合わせるニノンとミア。嫌な予感がしたニノンが廊下を走り出す。
「あっ・・・おい!今のって」
「分からない・・・でも何か嫌な予感が・・・」
部屋に近づくに連れ、よりいろんな音が聞こえてきた。何かに悶えるような男の声と、まるで子供が暴れ回っているかのようなドタバタとした、床を叩くような音。
他の場所から聞こえてくる戦闘の音とは明らかに異質な物音。何が起きているのか知りたいという逸る気持ちを抑え、気づいた時にはブルースの部屋の前で立ち止まっていたニノン。
「どうした?入らないのか?」
「え・・・えぇ、そうね。それじゃぁ・・・!」
ニノンがドアノブに手を掛けた瞬間、再び中から大きな物音がした。その音に眼を覚ましたかのように、頭の中で渦巻いていた予想や不安などが消し飛び、オイゲンの言葉が脳裏を閃光のように駆け巡る。
武器を構えるミアと共に、勢いよくブルースの部屋へ突入していく。そして扉を開け通路を抜けた先に広がっていた光景は、下半身のない異質な霊体のような人物が、ブルースとバルトロメオの首をそれぞれの手で締め上げ、重傷を負ったゾルターンが床に転がり虫の息となっていた。
「たっ大将ッ・・・バルトロメオッ・・・!」
身体も起こせぬほど弱っているゾルターンが、必死に声を出している。状況が飲み込めぬ中、咄嗟にミアが二人の首を絞める襲撃者の頭部に銃口を構える。
だがそれよりも先にニノンが駆け出しており、ミアの射線上に既に飛び込み拳を撃ち放つ。光を纏ったニノンの拳を悟ったのか、その霊体はブルースとバルトロメオを持ったまま上昇し、それを回避するとまるで部屋を見下ろすようにこちらへ振り返る。
謎の霊体はニノンに任せ、ミアは倒れるゾルターンに駆け寄り銃口を敵の頭に向け、ためらう事なく引き金を引く。事前に物理的な攻撃が通用しないという襲撃者達の特徴を聞いていたミアの銃には、魔力を込めた弾が装填されており、撃ち放った弾丸は霊体の頭に命中し大きく後ろへ跳ね上げる。
攻撃は命中したが、異様な静けさと雰囲気のまま霊体がゆっくりと頭部を元に戻すと、眉間に残った弾痕が徐々に消えていく様子が窺える。霊体は怯む事なくブルースとバルトロメオを掴んだまま、まるで獣のように威嚇の咆哮をああげると、窓を突き破り二人を連れたまま外へと逃げていった。
「なッ・・・何だ!?身体がッ・・・」
霊体が発した咆哮はただの叫び声とは違い、その部屋にいた者達の身体の自由を一時的に奪う効果を持っていた。この時のニノンとミアにはその正体が理解出来なかったが、彼らの前に現れた霊体は音の振動を利用し、体内の水分や震わせ一部の身体機能を低下させていたのだ。
「何だあれはッ・・・他の奴らと明らかに違う・・・。まさかあれが犯人!?」
「ニノンは奴を!アタシはこいつをッ・・・?」
重傷のゾルターンを放ってはおけぬとミアが残ろうとしたところ、彼が弱々しい力でミアの腕を掴んできた。
「二人を・・・奴を追ってくれッ・・・頼むッ!」
自分の身よりも連れ去られた二人を案じるゾルターン。想いを託すような強い眼差しで見つめてくる彼の視線に、二人は外へ逃げた霊体を追う決断をする。
「行こう!ミア、着いて来れる?」
「ふっ甘くみるなよ。アタシは動けるガンスリンガーだからな!」
二人が部屋の窓の方へ向かうと、泥のようなものが集まり広い足場を作り出していた。残る力でゾルターンが窓の外に足場を作り出していたのだ。霊体は窓を突き破り、宮殿の上の方へと上昇していった。
今の力で作り出せる最大限の能力で、ゾルターンは上空に繋がる足場を複数作り上げた。
「これはッ・・・?」
「行けッ!二人を・・・頼むッ!」
すぐにそれがゾルターンの能力によるものだと理解したニノンとミアは、彼の思いを胸に窓から外へ飛び出していくと、彼の作り出した足場を伝って上空へと上がって行く。
空へ逃げていくのは見えたものの、どこへ向かったのかは二人にも分からない。ゾルターンが作り出してくれた足場を使い、高いところから見渡せばその行方が追えるかもしれない。
しかしそんな二人のはやる気持ちを他所に、ブルースとバルトロメオを連れた霊体は、宮殿の屋上に留まっていたのだ。
「居たぞ!奴だ」
「遠くに逃げられなかったのは良かったけど、あそこで何をしているの・・・?」
よく見ると、ブルースとバルトロメオを手放し屋上に転がして放置した霊体は、その手から何やら糸のようなものを何本か伸ばし、二人の身体に繋げている。
そしてその霊体は、その場にピアノのような楽器を召喚すると、まるで彼らを観客にソロライブでも行うかのように演奏を始めた。




