記憶に眠る一日
先に司令室に入っていたニノンが、前もってオイゲンに話をつけておいてくれたお陰で、一行が避難するスペースを確保する事ができた。荷物を持って移動する中、一行は見覚えのある顔を目にした。
「あの人達って確か・・・」
「歌手のカタリナと、アルバの音楽監督のフェリクスだ。彼らも避難していたんだな」
カタリナはバッハ博物館にて、音楽学校の生徒であるジルを逃すために警備隊によって、重要参考人として宮殿へ連行されていた。
フェリクスも同じく、ジークベルト大司教との面会後、アルバの音楽監督を降板させられると言うことをジークベルト本人から言い渡されている。彼を殺した動機があるとしたら、最も候補に上がるであろう名前がフェリクスだった。
無論、彼は自分の身の潔白を主張したが、それを証明することが出来ておらず、カタリナと同じく宮殿へと連行されていた。
「彼らがここにいると言う事は・・・」
「あぁ、お察しの通り宮殿にいる要人達の元へは、それぞれ教団の使いが向かっているそうだ。希望者はこの司令室で匿うと」
ニノンの会話を聞きつけ、司令室に残っていたケヴィンがどこに隠れていたのか突然現れ、話に割って入ってきた。
「勿論、それだけではありませんよ?使いの方々には、私の持ち込んだカメラを置いてきて頂くよう頼んであります」
「カメラですか?」
「えぇ、レディには少し怖い代物かもしれませんが、カメラは映像だけでなく音声や振動も視覚化させることが出来るんです」
「振動?」
ここでケヴィンがハッとした表情をすると、何かを隠すかのように言葉を濁し、カメラの説明を終えてしまった。彼が最後に口にした意味深な単語として、“振動“と言う言葉が印象的だった。
彼の事だから、無駄に備え付けられた機能ではないことだけは確かだろう。となれば、犯人を特定する上で重要になってくるのは、何らかの振動ということになる。
だが、シン達一行には振動というものに心当たりのあるものは無かった。ケヴィンはシン達にも内緒で何らかの調査を行なっている。もしかしたら司令室に連れて来られたことにも、何か関係しているのだろうか。
ケヴィンはシン達から質問をされる前に、仕事があるからとその場を離れて行ってしまった。
「怪しいね・・・」
「あぁ、何か隠してるに違いない。俺達にも言えないことか?」
一行は自分たちのために設けられた避難スペースに荷物をまとめると、そそくさとオイゲンの元へ戻って行ったケヴィンの姿を目で追っていた。その視線を遮るように前に立ったニノン。どうやら彼女は、シン達にとあるお願いがあって司令室に着いて来て貰ったのだと語る。
「さっきもケヴィンから聞いた通り、宮殿内は監視カメラや彼の持ち込んだ機材を使って、犯人の動きや反応を探っている」
「犯人が分かったんですか!?」
「いや、それまだ分からない。ただ宮殿内にいる可能性もあるから調べてるんだ。そうじゃない!私が貴方達に頼みたいのは、その機材が宮殿の外で機能しない事に関して調べる為に、手を貸して欲しいという事だ」
ニノンの話では、宮殿内では正常に機能しているケヴィンのカメラだが、街の様子を確かめに行こうとしたところで、何らかの妨害を受け電子機器が機能を停止してしまったのだという。
「ジャミングって事か?」
「ジャミング・・・?」
「あぁ、妨害電波によって通信機器などの電波を混信させて使い物にならなくするって事だ」
「・・・分からない。だが現象としてはそれに近い・・・らしい」
「らしい?」
話を聞いていると、どうやらニノンは機械に疎く、そういった言葉や話は全くと言っていいほど分からないらしい。しかし、それなら何でそのニノンが街の様子を見にいく事になったのか。
それを尋ねると、彼女は深刻そうな表情へと変わり、外で起きている事態について詳しく話し始めた。彼女が街の調査を任命される前、当然ながら教団の護衛隊やアルバの警備隊によって、先に調査が行われていたのだという。
しかし、宮殿の外にいた者達は軒並みその姿を消しており、調査に向かった者達もそれっきり帰って来ないのだという。それだけ外で何が起きているのか不明であり危険であることを意味していた。
「おいおい、そんな危ないところに女子供を連れて行こうってのか?」
「安心してくれ。流石に子供の手を借りる程落ちぶれちゃいない。男性陣のどちらかか、或いは貴方でも・・・」
ニノンが同行者を誰にするか、当事者であるシン達と話し合っていると、そこへ彼らの失われた記憶にも無い新たな展開が起こり始める。それは体調不良を訴えていたブルース・ワルターのところへ向かっていた使いが戻ってきた事によって知らされる事になる。




