新たな記憶と襲撃者の再来
司令室に着いた三人はニノンの先導の元、扉をノックし中へと入る。真っ先に確認したのはオイゲンの記憶だった。同僚であった事もあり、他の隊員よりも心を開いているようであったニノンとオイゲンの会話は、シンやケヴィンらの記憶と殆ど変わらなかったのだ。
式典後の宮殿では毎晩のように犯人による犯行が行われており、翌日には遺体が発見されて騒ぎになると言うのが三日続いていた。そして四日目となり本来ブルースが襲撃を受け、他の被害者らと違う特殊な存在であった彼の抵抗からアルバの街を巻き込む大騒動へと発展した。
筈だった・・・。
だがその記憶は誰にもなく、オイゲンとの会話の中で新たな記憶の変化が発見された。本人達はその変化に気がつくことは出来なかったが、どうやら今の彼らの記憶の中ではマティアス司祭が仮死状態から復帰している事になっているらしい。
それ故に、シンが廊下で見た彼の影も幻などではなく、まごう事なき生きたマティアス司祭の姿に他ならない。
彼はケヴィンとオイゲンの計らいにより、犯人の次の犠牲者となる可能性が非常に高かった。計画は一部の者達にのみ伝えられており、他の者達は本当にマティアス司祭が殺されたものだと思っていたようだ。
それはシン達も同じで、身近にいたケヴィンやニノンはそれに合わせた演技をしていたのだと語る。結果として、昨日の犠牲者は出なかったのではと推測された。
「貴方はその記憶に違和感はないの?」
「違和感?違和感・・・か・・・。少し引っかかるのは、計画的に行われた犯行がこれで終わるのか、と言うところだろうか・・・」
「どういう事?」
「いや、元々ベルヘルム殿が最後のターゲットだったのかもしれないが、それでも教団の深い関係者でもあるマティアス司祭が生き残っているこの状況で、犯人が止まるのだろうか・・・と」
オイゲンとケヴィンの見解は一致していた。犯人は教団に対し強い恨みのような感情を持っている。故にジークベルト大司教やルーカス司祭、そして大司教と直接繋がりのあったベルヘルム・フルトヴェングラー。
そして恐らく、マティアス司祭も死んだものだとばかりに思っていたのだろう。それが生きていたとなれば、犯人側からの何かしらのアクションがある筈だと。
「マティアス司祭には囮になってもらっている。彼の生存を知る者は少ない。その姿を見た犯人は、一体どんな反応をするのか、今から楽しみで仕方がない」
今、宮殿を歩き回っているマティアス司祭は厳重な監視体制の元行動している。一見しては自由の身であるものの、護衛や警備が常に彼の身の安全と周囲の者達の反応に目を光らせている。
事の成り行きを聞いてしまったシンには、こちら側の協力者として力を貸して欲しいとケヴィンが申し出る。既に話もつけていたようで、最も近くで見てきたケヴィンからの推薦だからこそ、オイゲンもシンの協力を受け入れた。
「だが君がそれ程入れ込むとは意外だったな。何か理由があるのか?ケヴィン」
「シンさんのクラスとそのスキルは、我々にとって非常に力になる能力を秘めています。この利便性を手中に置いておきたかった。と、言ったところですかね」
「手中にって・・・俺はまるで道具だな」
「おや?気を悪くされましたか?では言い方を変えましょう。我々には貴方の力が“必要“なのです。お力添えいただけますか?」
ケヴィンはいつものように、相手を乗せる為の言葉を掛けたのだろうが、シンにとって誰かから“必要“とされている事が何よりも嬉しかったのだ。現実の世界に居場所のなかったシンは、WoFの世界で多くの人と出会い関係を持つことで、人との繋がりについて考えるようになった。
自分が力を振るうのは、自分を必要としてくれるところが良い、と・・・。
「勿論。俺で役に立てるのなら」
「またまたご謙遜を。それはさておき、マティアス氏には私のカメラも忍ばせてあります。彼の居場所や周辺の状況、音声なども記録できるようになっている。護衛がついているとはいえ、危険であるのは変わりない。それでもマティアス氏は囮役を買って出てくれた。ならばその覚悟に報いなくてはなりません。完璧な守りは相手の警戒心も強めてしまうでしょうから、少しは隙を見せなくてはなりませんよね?」
シンはずっと疑問に思っていた。それ程の重要人物であるのなら、オイゲンやニノンといった護衛隊の中でも屈指の実力者が護衛につくべきではと。だがそんな者達がマティアス司祭の側をうろちょろしていれば、警戒するのは必然。
「しかし妙だな・・・」
「ん?何がだ?」
「いや、自分が手を下す前にターゲットが死んだと知ったら、君ならどうする?ニノン」
「私は・・・」
マティアス司祭の死を偽造した者の存在が気になるだろう。犯行が阻止された、目的がバレてしまったなど今後の動きについて考える。恐らく今回の犯人にも、マティアス司祭の件は当初の計画になかった不測の事態だった事だろう。
「とにかく、犯人は何かしらのアクションを起こす筈ですよ。それまでは・・・」
一行が計画を話し合っていると、その時は突然訪れた。
「オイゲンさん!襲撃です!」
「何者だ?」
「分かりません!顔を覆っていて・・・。ただその者達は壁や床などをすり抜け奇襲をッ・・・」
それは“今の“彼らにとっては初めて目にする相手。だが彼らの感じている違和感の中で過ごした、昨日の襲撃者と同じあの“謎の人物達“だったのだ。




