シー・ギャングのキング
「ミアッ!何をしているんだ!?騒ぎは避けようとキミが言い出したんだぞ?」
「悪いが・・・たった今からそれは無しになった」
ウォードを攻撃したことで仲間の数名が、なりふり構わずこちらに走って来た。酒が入ると男勝りの彼女が更に荒々しくなるのは知っていたが、 まさかここまで変わるとは思っても見なかったシン。だが、こうなってしまった以上は仕方がないと、拳を振りかざし向かってくるウォードの仲間の攻撃を躱すと、仕方がないといった様子で溜息を吐き、殴り合いの戦闘が始まる。
モンスターや強敵といった戦闘ではないため、命のやり取りといった緊迫感はない。現実の喧嘩とは違い、ステータスの存在のお陰で殴られたとしてもスキルが使われていなければ、それ程の痛みも無いというのが後押しになっている。それに聖都で戦ったシュトラールの体術を直に体験していたシンには、知らぬ間に痛みや苦しみに対する恐怖心への抵抗力が身に付いていた。
店内で起こる乱闘騒ぎを聞きつけ、外からならず者のような者達まで店に入って来ると、まるで喧嘩祭りの会場のようになってしまう。
店の外で豪華な装いをした女性と歩く一人の男が、店内で起きている喧嘩祭りの様子を見かけると、笑みを溢しながら女性に上着を預け、首や手首を回しクラッキングを行い歩みを進める。
「何、面白そうなことやってんねぇ〜!」
男は徐々に速度を上げてやがて走り出し、店の入り口を飛び蹴りで蹴破ると、雄叫びとも奇声とも取れる声を上げながら、近くにいる者を一発また一発と殴りつけながら前に進んで行く。
最早何者が入って来ようと誰も気にも留めない店内で男は、人気は暴れ回る男勝りなミアの姿を見つけると、彼女の側のカウンター席へと向かって行く。そして床で未だのたうち回るウォードを足蹴にすると、椅子を起こし席に着く。
「おひさぁ〜マスター、元気してたぁ?あぁ、いつものね!」
「あなた方が来るまではね・・・。困りますよ、また私のお店が・・・」
どうやらこの男と店のマスターは顔見知りの様だ。大きな溜息をついたマスターは渋々札の掛けられた酒のボトルに手を伸ばすと、シェーカーの中で何かと混ぜ合わせ、小気味のいい音と共に振り、グラスに注ぐ。
そんなカウンターでの風景とは打って変わり、すぐ側で殴り合いの戦闘を継続しているミアに、漸く起き上がったウォードが腰につけた剣に手を伸ばし、スキルと思われる僅かな輝きを放ちながら鞘から引き抜き、ウォードの仲間を殴りつける彼女の背中へと斬りかかる。
切先がミアに触れようかという瞬間、ウォードの手にしていた剣が後方へと弾け飛んでいき、壁に突き刺さる。ミアを助けたのは、カウンターに座る陽気な男だった。細身だが筋肉質な腕をした軽装の男は、カチューシャで前髪を後ろへ逆立て、ウォードに向けて左手を開きながら伸ばしていた。
それまでの喧嘩で誰もスキルを使うことなく殴り合いをしていたが、店内に響いた金属が弾ける音に、辺りが一瞬騒ついた。
「ただの喧嘩にスキル持ち込んじゃぁダメでしょぉ〜・・・」
その直後、ウォードの身体が男の左手に引きつけられ頭を鷲掴みにされる。男はそのまま、カウンターに置かれたマスターがグラスに注いだ酒を口いっぱいに含み立ち上がる。すると男はウォードの顔の前に右手で筒を作ると、そこに口を添えて含んだ酒をウォードの顔面に吹きかける。右手の筒を通った水飛沫は引火し、炎を纏ってウォードの顔を燃やした。
「ぐぅぁぁぁあああッ!!」
ミアにやられたグラスの破片で刻まれた無数の傷口に、炎を纏った酒が染み込み焼いていく。想像するに容易いその激痛にまたしても床に倒れ、のたうち回るウォード。その様子を見ていた店内のならず者が、震えた声で喋り出す。
「キッ・・・!」
「キングだぁぁぁあああッ!」
「逃げろッ!殺されるぞッ!?」
慌てて逃げ出す一部の者達、そして店内に残った他の者達は、“キング”と言われたその男の方を向いてハンドシグナルをし、それを胸に掲げる。男が軽く手を上げるとその者達は姿勢を解き、店の片付けを始め出した。
数発殴られて口を切ったミアが、手首で血を拭いながら視線を男の方に向ける。シンも何者なのかといった様子でその男を見つめて問う。
「ご名答ぉ〜ッ!何を隠そう、俺ちゃんこそがシー・ギャングのヘッド!キングでぇ〜す!夜露死苦ッ!」
万面の笑みでウィンクをしながら、指で何かの形を作ると顔の横に添える。その風貌と態度からシンは咄嗟に、現実世界で言うところチャラいといった言葉がよく似合う。店内で片付けをしている者達は恐らく彼の言う“シー・ギャング”の構成員だろう。若者が多く、正にゴロツキの集団といった様子だ。
「良い拳してんねぇ〜。どう?君達もシー・ギャングに入らないかぁ!?」
誰彼構わずこんな誘い方をするのだろうかと疑問に思うシンであったが、噂に聞いていた“キング”という男の何かを引きつけるような雰囲気に、シュトラールとは違ったまた別物のオーラを感じた。
「悪いがアタシらに、何処かに留まるって選択肢はないな。・・・まぁ今のところは、だがな」
「ありゃぁ・・・そりゃぁ残念。上位クラスにダブルクラス、それに珍しいアサシンっつぅ仲間ができりゃぁ、いい戦力増強になると思ったんだがねぇ〜」
二人は彼の言葉に、心臓を掴まれたかのような衝撃を受け身体が強張った。何故自分達のことを知っているのか、何処まで知っているのかと思うと不安は尽きない。まさか現実世界から来たことも知っているのではないだろうか・・・。そう思わせる雰囲気がこの男にはあった。
「何で・・・」
「何で知ってるかって?そりゃぁ、この町で俺ちゃんの耳に入らない情報は無いからねぇ。まぁぁあくまで、“この町で”って話だけど・・・。あとはウチらに関わること全部ね、そんだけッ!」
シンが聞くよりも先に、彼の回答は出ていた。この町に辿り着いてからのことは、全て彼に筒抜けになっているということだろうか。この町中に彼の関係者がいるのか、何処の誰が彼に情報を流しているのか、疑ってみれば全員怪しく思えてきてしまう。
「君達、どっから来たの?こんだけ力があれば俺ちゃんに知らせが来ないはずないんだけどなぁ」
「ひっ東の方から来たんだ。何か刺激が欲しくて、変わった事について調べてたんだよ」
咄嗟に出た言い訳にしては上出来だったとシンは思った。東から来たことは事実であり、異変について調べていることも事実。疑われたとしても怪しさはそんなに感じられないだろう。
「・・・アランって商人が東からこの町に来たんだけど、君達彼の馬車に乗ってたよねぇ?」
突然出てきた知っている名前に驚きはしたものの、何故彼との関係性について聞いてきたのだろうと思う二人だったが、別段嘘をつく理由もなかったため、その問いには正直に答えた。
「あぁ、そうだけど・・・」
「彼の馬車には聖都の代物が多く積んであったんだってぇ。んで!聖都って今ヤバイ事になってんだよねぇ、知ってたぁ〜?」
彼は何について知りたいのだろう。聖都で起きた動乱は、直ぐに近隣諸国に広まり世間を騒つかせていた、ここ最近でも最も大きなニュースになっていた。それと言うのも聖都は各国との貿易や物流を行なっていたため、その被害は聖都のみならず、同盟国や契約していた街や村にも打撃を与えていたからだ。
「・・・何が言いたい・・・?」
勿体ぶって中々先に進まない話に、ミアが核心を探り出す一言をキングに投げかけると、それまで陽気でチャラけていた彼の口調と声色が一気に反転し、低く恐ろしいものへと変わる。
「シュトラールを殺したの・・・、アンタらだろ・・・?」
目を見開き、鋭い目つきで二人を見るキング。そして彼の一言に、店内が一瞬にして誰もいなくなったかのように静まり返った。




