夢現の時間
カタリナの声と複数の者達の足音が聞こえてくる中、博物館の裏口から物音を立てないように脱出するジル。表通りの方へ静かに進んでいくと、遅れてやって来たと思われる警備隊が、数人彼女のいる路地の前を駆け抜けていった。
正面からは出られないと、反対側から裏道へ出ようとするもそちらも既に警備隊が集まっているようで、路地から抜け出すことが出来ない状況に陥っていた。
一瞬、博物館へ戻り素直に警備隊に事情を話せば何事もなく解決するのではないかという想像が脳裏を過るが、カタリナがジルを逃した時の表情を思い出すと、とても話が通じるような状況ではないのだということが分かる。
やはり誰にも気づかれずにこの場を去るしかないと改めて決意したジルは、意を決したように、民家と民家の間に身体を通し、何とか隙間から横道へと抜け出そうと試みる。
外壁に服を引っ掛けながらも、物音で住人に気づかれぬよう必死に耐えて漸く出口付近までやって来る。ジルはすぐに身を乗り出すことはせず、まず初めに通りの方から聞こえてくる音に耳を傾けた。
先程の表通りや裏通りの時のように、他の警備隊が駆けつけていたり巡回している可能性がある。注意深く慎重に頭を出し、今度は目視により通りを確認するジル。僅かに警備隊のものと思われる足音や会話は聞こえて来ていたが、彼女のいる通りには今、警備隊はいなかった。
隙をついて外壁の隙間を抜けると、外壁に汚れ裂けた服のまま、まるで脱獄囚のようにジルは自宅を目指した。
「どうしてッ・・・どうして私がこんな目にッ!カタリナさんは大丈夫かしら・・・。それに大司教が遺体で発見されたって、一体・・・」
そして彼女もまた、闘争の途中で宮殿の見える通りに差し掛かると、事件の起きたという宮殿に視線が奪われる。そこには多くの警備隊と、アルバでは見ない格好をした者達が警備隊と協力し、街のあちこちに散らばっていっていた。
只事ではないという事が、その光景からも察せられる。教団の大司教が亡くなったとなれば、その衝撃は他の街や国にも広がりかねない。アルバの街も漸く音楽の街として有名になってきた中で、このような一大事件はなるべく大事にはしたくないはず。
まだこの時のジルやレオンは、大司教の死が他殺である可能性だということを知らない。しかし、そのような人物がわざわざ遠くの地で自殺などする者だろうか。やはり大司教は何者かによって殺されたと考えるのが普通だ。
既に犯人が逃げ出してしまったにしろ、今のこの事態を公にせず情報を集め、状況証拠をそのままの状態に維持しておきたいだろう。つまり、アルバの街は何らかの理由で封鎖されているに違いない。
「何はともあれ、一旦家に帰らないと・・・。まずは向こうの出方を伺って、それから・・・」
ジルもレオンと同じく、何とかして逃してもらった事を無駄にしないため、一時的に自宅で待機し、後にやって来るであろう警備隊がどのような話をするか、出方を伺うことにした。
こうして、宮殿の外でもパーティーの後に街中へと散らばっていった重要参考人は、警備隊によって事情聴取を受けることになり、半ば強制的に拘束状態となっていたようだ。
他にもフェリクスと同様にパーティーの後、今後の引き継ぎ作業に当たっていたアルミンや、様々な来客の衣装の仕立てを請け負っていたマルコなど、今回の式典とパーティーに関わった人物は全員同じような状況になっていたようだ。
だが、ジルとレオンの予想とは打って変わり、アルバの街はいつものように再び普段の様子へと、穏やかに戻っていったのだった。警備隊が自宅を訪れたと言う様子はなく、家族も近所の者達も、教団側から言われていた通り、式典の当日だけは静かに過ごすと、翌朝からはいつも通りいろんなところから、様々な楽器の音色や歌声などが漏れ聞こえていた。
当然ジルとレオンは、家族に何かなかったかと尋ねてみるも、何を言っているのだと言った返事ばかりで、まるでおかしくなったのは自分の方なのではないかと錯覚する程だった。
「どうなってるの・・・?何も起こってない・・・?」
「いつも通りだ・・・。何事もない、いつものアルバに戻ってる。でもそんな事・・・」
これまで自分が体験したことが夢ではないこと確認する為に、二人は自宅を飛び出し宮殿の方へと向かう。しかし、宮殿の周りには依然として警備隊や護衛隊の者達がいるだけで、何も知らない者からすると来客の警護くらいにしか見えない。
騒ぎ立てる様子もなければ、街中で今朝警備隊の者から聞いたはずの“大司教が遺体で発見された“と、騒ぎになってる様子もない。あれが夢でなかったとするならば、警備隊は何かを隠している。
それを確かめる為、ジルとレオンはアルバの警察署へと向かう。そこでここ最近に起きた事件や騒動について尋ねると、その一件について一切触れられることもなかったのだ。
これほどまでに何事もなく日常へ戻る街並みに、呆然とした様子で署内から出てくると、そこで漸く同じ体験をしたジルとレオンが再会する。




