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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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音を楽しむ人

 次第に彼女は感情を失い始め、音楽家としての活動にも支障が出始めたのだ。契約しているところから指摘がると、カタリナは両親から酷く叱られ、到底自分の子供に接する態度ではない仕打ちを受ける。


 そんな事情を知っている者からしたら目も当てられない生活を続けていた彼女を救ったのは、今も契約をしている団体の代表とマネージャーだったのだ。彼女の異変を悟った彼らは、他の団体よりも破格の資金をカタリナの両親に支払い、長期の契約を結んで指導と称し彼女を側に置いたのだった。


 両親は全くと言っていいほど躊躇いもせず、目の前に積まれた金に目がくらみ、まるで物のように我が子を引き渡した。その後は連絡も取れなくなり、毎日を遊んで暮らしているという噂ばかりが聞こえてきた。


 カタリナの置かれている状況を漸く把握することが出来た代表とマネージャーは、何とかして彼女の失われた感情を取り戻す為、様々な手段を用いて彼女のケアに努めた。


 彼らも多くの従業員を養わなければならない為、彼女の音楽の才能を頼りにしていた。仕事を依頼しても、感情を失った彼女は嫌がりもせず指示に従い、まるでロボットのように淡々と曲を演奏した。


 歌は歌えなくなってしまったが、楽器の演奏については完璧だった。皮肉なことに、やはり音楽だけが彼女に存在価値というものを植え付けていた。演奏さえできれば、それを利用する周りの大人達から見放されることはない。捨てられることはないと、無意識に彼女の防衛本能が嫌がる彼女の意思を無視して、指をうが明かしていたのかもしれない。


 彼女の面倒役として付きっきりとなったマネージャーは、そんな彼女の空き時間に別の音楽家などの演奏や、偉大な音楽家などの歴史を共に見に行ったりしていた。


 ある日彼女は、後に尊敬する事となる遠い先祖に当たるという、音楽の父と呼ばれた偉大なる音楽家、ヨルダン・クリスティアン・バッハと出会い、彼もまた多くの障害や苦難を乗り越えてきたことを目の当たりにする。


 それは博物館や歴史館では語られない、言い伝えのように後世に紡がれる彼の故郷の人々から聞かされた、嘘か真かも分からぬ話に過ぎない。バッハの故郷で様々な話や、その言い伝えが本当であることを証明するかのような根拠となる代物を前に、彼女は自分と重ね合わせ、バッハはどのようにしてその障害を乗り越えてきたのかに興味を持ち始めた。


 今の自分が、ただ欲しくもなかった音楽の才能によって金を生み出すだけの、命あるだけの機械のようになってしまった自分の道を、人の道に正す為の道標として選んだのがバッハの歴史だった。


 彼がナニモノにも挫けず音楽を続けてこられたのは、誰よりも純粋に音楽を楽しんでいたからだったと、彼女は聞かされた。不思議と彼女も、疑問をを抱くことなくすんなりとその話を受け入れ、史実ではなく一つの物語のように受け入れていたからなのかもしれない。


 人より優れた音楽の才能は、その者が他の誰よりも音を楽しむ事が出来る者であると、神から与えられた資格のようなものだと言う言葉に、当時のカタリナは感銘を受け、自分もそうであると信じることで、この世に生まれたのは金を生み出すだけの道具ではなく、ちゃんとした意味があったのだと思い込めるようになった。


 そこから自信を取り戻していったカタリナは、自分を様々なところへ連れて行ってくれた団体と当時のマネージャーに恩返しがしたいと、バッハのように音を楽しみながら取り戻した感情と共に、多くの公演や歌を世に届けていった。


 それから歳月が流れ、一人でも十分判断が出来るようになったカタリナは、自分を道具として酷使し続けた両親との縁を切り、彼女を雁字搦めにしていた忌まわしき鎖から解放された。


 過去のしがらみを全て取り除くことに思考した彼女は、成人として扱われるような年齢になって漸く、自分の人生を歩み始めることが出来たのだ。


 「それからも私は、一人でバッハについて調べるようになったわ。仕事の合間に出掛けられるだけの期間があれば、すぐにでも彼にゆかりのある地を訪れては、現地の人々にいろんな話を聞いて、いろんな歴史を調べた」


 「そこで貴方が、そのバッハの血族であるということを?」


 「誰も信じないだろうから、人には話したこともないけどね」


 「一緒にいたというマネージャーの方にも?」


 「勿論よ。彼はとてもいい人ではあるけれど、きっと私が盲信しているからだって信じないでしょうね」


 口ではそんなことを言っているが、その時のカタリナの表情は先程の話をしている時とは打って変わり、凄く暖かで嬉しそうだった。彼女にとって、血の繋がりのある両親よりも、自分を変えてくれた団体こそが本当の親だったに違いない。


 「だから貴方にも、音をもっと楽しんで欲しいの。貴方の才能は本物よ。私が言うんだから間違いないわ。そしてその才能は、貴方が“音を楽しめる人“であるから与えられたもの・・・。誰かの為ではなく、純粋に音楽を楽しんで欲しいの」


 「“音を楽しめる人“・・・?私が・・・?」


 困惑するジルに、カタリナは母親のような優しい笑顔を向ける。


 するとその時、二人が話をしている博物館に何者かが踏み入ってきたのだ。


 「誰かいるのか?」


 どこかへ隠れる間も無く、博物館の正面から入ってきた者達にカタリナは見つかった。話をしていた角度的に、正面からは死角になる場所にいたジルの姿は、その者達に気づかれていなかったようだ。


 「ちょっと、眩しいじゃない。早くそれを下ろして」


 ライトを向ける何者かの方を向いて、眩しさから手をかざすカタリナは、その横でジルに出てこないようにと彼女を静止させていた。


 「カタリナ・ドロツィーアか。他に誰かいるのか?」


 「誰もいないわ。片付けを申し出て来てみれば、なんで誰も来てないのよ。おかしいじゃない」


 何か悪いことをしていた訳ではないが、咄嗟にジルを庇ったのは正解だったようだ。どうやら博物館にやって来たのはアルバの警備隊らしく、その姿はレオンやフェリクスらの前に現れた警備隊と同じ姿をしていた。


 「丁度いい。貴方にお話があります。落ち着いて聞いて下さい。先程、宮殿内においてジークベルト大司教の遺体が発見されました」


 「・・・!?」


 彼女らの元にも、レオンとフェリクスの元に届けられたものと同じ報告が行き渡る。警備隊はカタリナが博物館へ向かっていることを聞きつけ、武装した姿で彼女を取り囲むように道を塞ぐ。


 「パーティー会場を訪れていた貴方にも、お話を伺いたいとの事です。ご同行して頂けますか?」


 「招待しておいてこの仕打ち?少しは礼節ってものを弁えてから来てちょうだい!」


 警備隊は彼女の言葉など意に介せず歩み寄る。後退りながら、警備隊に気づかれないようにジルへ逃げるようにと促すカタリナ。何やら只事ではない様子に、ジルはカタリナを信じ、こちらへ一切視線を向けない彼女を尻目に静かにその場を後にした。

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