毒素の出所
しかし、それなら容疑者は絞られてくるのではないだろうか。パーティーが終わった後にジークベルトの部屋を訪れた者。その中に彼を計画的に殺害した犯人がいる。その場にいる誰もが、脳裏にそんな事を思っていた。
「その紅茶とやらは厨房で?」
ケヴィンはカールに、話に出てきた紅茶がどこで淹れられたものなのかをカールに問う。どうやら紅茶は厨房で淹れられていたようなのだが、そもそもジークベルトが口にした紅茶の茶葉は、アルバには無いものだった。
厨房のシェフ達も、事件が発覚するまでそんな物があったことさえ知らなかったのだという。紅茶を淹れた人物も、直前までそのものの存在を知らず、ジークベルトが厨房へ届けさせた荷物の中にある茶葉で紅茶を淹れてくれという指示があり、初めてそれらに触れたのだそうだ。
しかし、紅茶を淹れた者からは毒の成分は見つからず、亡くなってしまったジークベルトとは違い今でも健康そのものだったとのこと。その事からも、乾燥した茶葉自体やお湯を注いで発生した香りなどにも毒素が無かった、或いは人体に悪影響がなかったことが窺える。
「どちらにせよ、一旦厨房でその茶葉とやらを調べて見ないことには分かりませんね。ジークベルト氏が口にしたカップも厨房ですか?」
「いえ、カップの方は現場にあります。鑑定は向こうで行いましたので。暫くは現場はそのままにしておくとのことです。何か進展があるまで、むやみに動かせませんからね」
「ありがとうございます。そうして頂けているのなら、尚更この目で見ておきたいですね。皆さんも一緒に行ってみましょう」
ここまで来たら自分達を巻き込んだ犯人が誰なのか、その顔を拝んでみたくなってくるというもの。シン達とマティアス司祭はケヴィンに連れられその場を後にし、死因に関係しているかもしれない紅茶が淹れられたという厨房へと足を運ぶ。
その途中、廊下で一行は彼らと同じく互いを監視し合う別の集団とすれ違う。そこで初対面にも関わらず、酷い罵声を浴びせられることになる。
「おいおい!アンタらまで部屋を出ることが許されてんのかぁ!?アルバのセキュリティは終わってんな!」
「・・・これはこれは、ブルース・ワルター氏のところの・・・」
どうやら挑発するように一行に声を掛けてきたのは、昨夜シンがケヴィンの指示でベルヘルムの部屋にカメラを仕掛けに向かった際に訪れる予定だった、ブルース・ワルターという人物の護衛達だったようだ。
あからさまに疑いの目を向ける彼らは、一行を睨み付けるような鋭い視線を浴びせる。怖くなってしまったのか、思わずアカリがミアの腕を掴む。その小さな手は小刻みに震えていた。
「何だよ、アンタらは?感じの悪い連中だな。飼い主の躾がなってねぇんじゃないか?」
「あぁ?んだと、このクソアマ!こっちとらテメェらのせいで迷惑してんだ!とっとと自白して処刑されろよ、犯罪者共がッ!」
鬱憤を晴らすように発したミアの言葉にまんまと釣られたブルースの護衛は、何故かシン達のことをジークベルト殺害の犯人と思っているような口ぶりで突っかかってきた。
すると、今にも一触即発のところへ割って入ったのはケヴィンと教団の護衛隊長であるオイゲンだったのだ。
「聞き捨てなりませんね。現状疑いがあるのは全員同じはず。それを一方的に決めつけるとは・・・。それなりの根拠がお有りなので?」
「彼のいう通りだ、バルトロメオ。確証もなく犯人扱いするのは無礼だぞ。今の件はブルースにも報告させて貰うからな」
「チッ・・・!勝手にしやがれよ、ちくり野郎がッ!」
ブルース・ワルターの護衛達と行動を共にしていたのは、何とジークベルトの護衛をしていたオイゲンだったのだ。だがその集団の中に、ブルース・ワルター本人はいないらしい。何故一人だけ行動を共にしていないのか。それは揉め事を止めに入ったオイゲンの口から語られる事になる。
「すまなかったな、君達。それに探偵のケヴィンとマティアス司祭殿」
「いえいえ、こちらこそ。それよりブルース氏の姿が見えませんが・・・一体どちらに?」
「彼は今取り調べを受けている」
オイゲンの話では、昨夜ブルース・ワルターとその護衛は部屋を離れ何処かへと姿を消していたようだ。一行は口を揃えて無実を訴えてはいるが、彼らを見たという証言が少なくアリバイを証明しきれずにいるのだという。
実際、シンが向かう筈だったブルース・ワルターの部屋は、ケヴィンの計らいにより空室となっていた。そのお陰でブルースらも宮殿に拘束される羽目になってしまったらしい。
だがケヴィンが仕組んだのは、あくまでシンがカメラを仕掛け終えるまでの間、部屋を空室にする為のものであり、その間彼らが何をしていたのかまでは把握していない。
つまり、ケヴィン目線では十分にブルースらもジークベルトの殺害が可能だったことになる。




